「樹に聴く」清和研二著 2021年2月26日 吉澤有介

      香る落葉、操る菌類、変幻自在な樹形

築地書館2019年10月刊

著者は北海道大学農学部で林学を専攻し、現在は東北大学大学院農学研究科の教授です。天然林の不思議に感動して、その仕組みと恵みを深く研究してきました。一般向けの著書も多く、そのうち「多種共存の森」と、「樹は語る」は、すでに要約してご紹介しました。

巨木に出会うのは稀です。森の中で木々が生き残るのは、奇跡のように難しいからです。樹木は、動物たちのように子供の面倒をみることはできません。親たちにできることは、小さな種子にさまざまな仕組みを持たせ、少しでも快適な棲み場所に辿り着けるように、また多くの危険から逃れるように願うことなのです。若い樹々は、どのように成長してゆくのでしょうか。著者は。彼らの声を聴いて、私たちと共存できる道を探ろうとしています。

本書では、日本各地の落葉広葉樹林で見られる11種の樹木と、ササ一種についての生活の様子を記しています。そのうちのケヤキ、ブナ、コブシをざっとご紹介しましょう。

ケヤキの幼木は、まっすぐ大空に向かいます。年を重ねると樹冠は次第に丸くなり、さらに大きくなると街路樹で見慣れたきれいな球形になります。花は目立ちませんが、その年に伸びた当年生枝の先に雌花が、付け根のほうに雄花がつきます。受粉に成功して果実ができると、小枝ごと親木を離れて風に乗って運ばれてゆきます。自然のケヤキは、なぜか川沿いの急斜面で優先します。30度以上の急斜面を、尾根まで純林が続くのです。その理由を調べるために、学生たちと各種の樹木の種子を、様々な地形に播いて観察しました。クマにおびえながら得たその結果は、急斜面に深く根を定着させたのはケヤキだけでした。他はほとんど流されて消えていたのです。ケヤキには、親木のすぐ下でも育つ逞しさがありました。

ブナは、私のもっとも好きな樹です。残雪の山で、ブナが芽吹き始めると、長い冬が終わったことを実感します。芽吹くと10日ほどで一斉に葉が開く「一斉開葉型」で、ブナは、葉を落とした秋のうちに、すでに幼葉を準備していたのです。ブナは、あまり孤立しません。ブナは日本海側の多雪地帯で見渡す限りの大集団をつくります。その仕組みも最近わかってきました。ブナの子供は親木のすぐ近くで育つ甘えん坊だったのです。他の木なら病原菌にやられるのに、ブナは親木の外生菌根菌を貰って定着していました。ブナの森の果実は、数年ごとに大豊作と凶作を繰り返します。その解明には、北海道渡島半島全域で、20年の月日がかかりました。ブナはこの地域で、完全に同調して豊凶を繰り返していました。果実を食害する、ブナシメシンクイという蛾の幼虫に対して、凶作にして幼虫の数を減らしておき、次に来る大豊作の年に食べきれないようにして、健全な堅果を残す戦略だったのです。

コブシの花盛りは一瞬です。すぐに冬芽から柔らかい葉が開くのです。コブシの親は責任感が強く、ただタネをつくって、あとは鳥に任せることはしません。時期と場所を選んで、発芽できるよう工夫をこらしています。明るいギャップを好みますが、その機会は多くないので、種子による有性繁殖だけでなく、地下茎を伸ばす無性繁殖まで用意していました。

樹のことは、わからないことばかりです。何年間も暗い林床を這って幼木を数え、その生長を追いながら老木に想いを聴くと、人間の親の気持ちと全く変わりませんでした。「了」

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