「生命の歴史は繰り返すのか?」ジョナサン・B・ロソス著 2021年3月2日 吉澤有介

進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む

的場知之訳、化学同人2019年6月刊

著者は進化生物学者で、ハーバード大学教授、比較動物学博物館両性爬虫類学部門主任を経て、現在はセントルイス・ワシントン大学教授です。「ネイチャー」、「サイエンス」などに多数の論文を掲載し、「ニューヨーク・タイムズ」の連載も人気だそうです。

6600万年前の地球に、直径10㎞の小惑星が衝突しました。もし、これが衝突でなくニアミスだったら?地球の生命の営みは途切れず、恐竜帝国の繁栄は続いていたことでしょう。哺乳類に出番はありませんでした。しかし約3400万年前に地球は氷河期を迎えます。もし恐竜が絶滅していなくとも、爬虫類に寒冷化は厳しかったはずです。哺乳類が台頭して進化的放散が始まり、今と同じ哺乳類の時代になったという説があります。進化は決定論的で、予測可能であり、何度も同じ道を辿るだろう。環境の変化には、最適解が存在し、自然淘汰の結果、同じ進化に行き着くというのです。「収斂進化」と呼ばれ、異なる生物種が、ある環境条件に適応すると、似通った特徴を進化させる現象です。イルカとサメは似ているし、タコの眼はヒトの眼にそっくりです。系外惑星の生命も、ヒトに似ているかも知れません。

また一方、進化は歴史的偶発性に左右されるとする考え方もありました。生命のテープを何回巻き戻しても、ホモ・サピエンスが再び現れることはないとする予測不能説です。しかし、進化生物学は歴史学です。思考実験はできても、進化には途方もない時間がかかるため、これらの検証はできないとされてきました。ところが急速で劇的な進化が実在したのです。

プリンストン大学の生物学者グラント夫妻は、1973年から毎年、ガラパゴス諸島の小島で、ガラパゴスフィンチの個体群のすべてを対象にして、世代を超えてどう変化したかを調べました。4年目で早くも極度の干ばつが起こり、嘴の大きな個体が生き残って次世代に引き継がれ、野生での自然淘汰と確認されたのです。進化は、意外な速さで起こっていました。

著者らは、野生個体群を対象に、実験生物学者と同じく条件を操作し統計処理をして、進化実験を行い、そのメカニズムを検証しました。本書は、その驚くべき経緯を記しています。自然科学の分野には、実験科学と観察科学があります。著者らは、まずトリニダードの熱帯雨林の渓流に棲む、グッピーに着目しました。下流の淵にいる個体群と、上流の淵にいる個体群に大きな違いがありました。前者は体色が極めて地味だったのに、後者は派手な色でした。調べてみると、下流には捕食者がいて、上流にはいません。メスのグッピーは派手なオスを好みますが、派手なオスは捕食者に見つかりやすい。地味なら生き残れるのでしょう。

さて実験です。大学にある温室を改造して、滝で高低差のある渓流をつくりました。それぞれの淵に200匹のグッピーを入れ、下流の淵には捕食者を入れました。5か月後、早くもグッピーの斑点に変化が見られ、2年後には見事に野生と同じ個体群の体色に収斂しました。

進化は再現可能、予測可能でした。現代科学の実験的手法が、進化にも適用できることがわかったのです。進化実験は瞬く間に広がりました。思考実験でもヒトの誕生が見直され、カモノハシが頂点に立ったかも知れないなど、生物学的可能性は限りなく広大でした。「了」

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