「相対化する知性」西山圭太、松尾豊、小林慶一郎 共著 2021年3月6日 吉澤有介

人工知能が世界の見方をどう変えるのか

日本評論社(電子版)、2020年3月刊

本書は、人工知能の出現が、人間の知の枠組みや社会の統合の理念に、どのような影響を及ぼすかを考察した論考です。三人の執筆者が、それぞれ「技術」、「知」、「価値」の問題を扱っています。人工知能の進展は、中世から近代への転換と同じインパクトを、人間の認知構造や価値観にもたらすかも知れません。中世には神が人間を統べていましたが、近代になって神は死に、人間の理性がとって代わりました。これからの社会では、人間の理性は特権的な地位を追われ、人間理性を超えた人工知能の知が、それに代わろうとしています。

すでに始まった人工知能「AI」の時代に、人間はどのように生きればよいのでしょうか。

今やAIの技術は大きく進展して、第三次ブームを巻き起こしています。その中心はデイープラーニング(深層学習)で、これまでの機械学習の技術で、「教師データ」をたくさん与えて、自動的にモデル化された出力を得るというような単純なものではありません。この入出力には「深い」階層をもった関数を用いています。表現力が高く、非線形で複雑なさまざまな入出力関係を表すことができるのです。いわば、「深い関数を使った最小二乗法」で、その原理は、ワールドワイドウェブのハイパーテキストの登場にありました。テキストをリンクでつなぐことで、既存のあらゆるデータから自ら学習することができるので、単純でかつ汎用性ある技術になったのです。まさに「自己教師あり学習」と言ってよいでしょう。

AIの進展が、人類に及ぼす影響については、「ホモ・デウス」の著者ハラリが広く論じています。ハラリは、人間は他の有機体と同じくアルゴリズムであり、AIの発達で、意識は持たないが知的により優れたアルゴリズムが登場しつつあるとしました。つまり人間を含めた生命体を、データとその処理という観点で捉えたのです。人間は認知能力の飛躍的進化によってその地位を得ました。人間の歴史は、生物学的特徴によって規定されるのではなく、認知構造の選択によって規定され、科学革命で「知」の世界を知りました。しかしAIによって、人間を超える知性がありうることは、「知」とは何かという問いを「人間の知性とは何か」という問いと切り離すことになり、人間は万物の霊長と言えなくなったのです。

歴史学者ハラリは、AIによる社会がデストピアになると警鐘を鳴らしました。ごく一部の富裕層がAIによって空前の知的能力を持つ「ホモ・デウス(神人)」となり、多くの仕事をAIと機械によって行うので、その他大勢は「無用者階級」に転落して、最終的に淘汰されてしまうのではないかというのです。しかし、必ずしもそうとは限りません。19世紀に極端な格差拡大があった後、20世紀に大量生産技術が生まれて、多くの中間層が出現しました。一時の「無用階級」を活用する新たな動きが現れ、「淘汰の原理」ではない「市場の復元力」もありうるのです。AIによって、これまでの社会的役割を失った人間が、どのような価値観によって、自分の居場所をつくってゆけるのか、これはまさに政治哲学の問題です。AIも間違うかもしれません。正義にかなう新しい社会制度の枠組みはないか。ヘーゲルには、人生を意味あるものとして肯定する力を、個人に与える哲学がありました。「了」

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