「タコは海のスーパーインテリジェンズ」池田譲著 2021年3月14日 吉澤有介

海底の賢者が見せる驚異の知性   化学同人、2020年12月刊

著者は、北海道大学大学院水産学研究科で水産増殖学を専攻した博士(水産学)。スタンフォード大学、京都大学、理化学研究所を経て、現在は琉球大学理学部教授です。もともとイカの研究者でしたが、同じ頭足類のタコとも触れ合ううちに、その知性に驚きました。

タコは、軟体動物の仲間です。生物学的には軟体動物門になりますが、そのグループの主要メンバーは貝で、種の数では圧倒しています。つまりタコやイカは、貝の親戚なのです。カタツムリもナメクジも同じ仲間でした。本家筋に当たる彼らは二枚貝類や腹足類の形で現在まで繁栄してきました。タコやイカの先祖は、どうやら5~6憶年前のエデイアカラ時代とも呼ばれる原生代に、殻を捨てて異端の道に進んだらしい。貝の生き方は専守防衛で、外敵に対しては、硬い殻を閉じて身を守ります。しかしタコやイカの先祖は、そんな生き方には満足しませんでした。重い殻を捨て、自由を求めて大海に出ると、捕食者には、多くの長い腕、精巧な眼、巨大な腦を発達させ、素早い機動力を発揮して生き抜いてきたのです。

タコの得意技は擬態です。周囲のモノに化けて、溶け込みます。体表に分布する色素細胞を、連結している筋肉で素早く拡張・収縮させて体色を変え、表皮に凹凸を出して岩肌そっくりに化けます。その変化の速度は動物界随一です。生活史をみると、タコのオスは一本の交接腕を伸ばして精子の包みをメスの体内に植え付けます。メスは、個々の卵子を糸状の鞘で撚り、藤の花に似た房状の卵塊にして、岩棚に固定します。オスはその場で死にますが、メスはこまめに卵塊の世話をして、一か月後の孵化を見届けてから死にます。つまり両親には子供と過ごす時期はありません。タコの形そのままで孵化した子供は、プランクトンとして自力で生きてゆきます。タコの寿命は1年前後で、子孫を残して終わる短いものでした。

生物としてのタコの特徴は断然、眼と腦です。ヒトとそっくりな大きな眼は、外界からの多くの情報を腦に伝えます。眼のすぐ後ろには視葉を主とする、無脊椎動物としては例外的に大きい腦があります。その神経回路は人工知能に似ているといいます。デイープQネットワークの回路があり、外からの情報や経験を再び腦内ネットワークで処理して、さらに良い答えを導き出します。タコの腦内 回路は、私たちヒトの腦内 回路に良く似ているのです。

本書には、タコの知力についての興味深い実験が紹介されています。タコは白い玉と赤い玉を覚えます。大きさの違いも、他の形との違いもすぐに見分けました。ガラス瓶に好物のカニを入れて、コルクの栓をきつく締めたものを見せると、タコはすぐにコルクの栓を開けて、中のカニを捉えました。またタコに赤玉と白玉を見せて、赤玉を攻撃するよう訓練しておき、その隣をガラスで仕切って、別のタコと赤白の玉を入れ、先のタコが赤玉を攻撃する様を見せると、隣のタコもすぐに赤玉を攻撃しました。学習したのです。著者の研究室では、パソコンの画面の符号を記憶させる実験にも成功しました。タコは単独で暮らし、イカは群れて泳ぎます。社会性に大きな違いがあるのに、ともに記憶力があり、また遊びもします。

とくにタコの実験は、工夫次第でおもしろい。日本タコ学は、急速に進展しています。「了」

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