すべての医療は「不確実」である 康永秀生著 2019年5月6日 吉澤有介

NHK出版新書、2018年11月刊 著者は、東京大学大学院医学系研究科教授で、専門は臨床疫学、公衆衛生学、医療経済学です。健康な個人がいつどんな病気にかかるかは医師でもわかりません。病気にかかったら医療でどのように治せるのかは、実際に治療してみないとわからないし、どんなに医学が進歩しても、すべての病を克服することはできません。生物であるヒトは、いずれは死にます。医療は、永遠に不確実なのです。著者は、はじめは臨床医でしたが、その現実をみて「臨床疫学」(clinical epidemiology)の研究者に転じました。

「臨床疫学」とは、医療の不確実性に挑む学問です。基礎実験データだけでなく、多くの患者たちの臨床データを集め、応用統計学を使って、より確実な医療を目指すのです。これまでの医療は、何と直近の20世紀まで、データよりも現場の医師の経験やカンに頼ることが多々ありました。医師は権威主義的で、ときには怪しげな似非治療まで行われていたのです。「臨床疫学」は、権威主義を排して、「科学的根拠に基づく医療」evidence-based medicine(EBM)を実践するため1990年に生まれた新しい学問です。医学は確かに進歩し続けていますが、今なお多くの病気の原因は不明です。人間は極めて複雑な生物で、大きな個体差があります。その膨大な事例の研究は、臨床疫学の手法で科学的に検証され、厳しい審査を経て医学論文として発表され、その信頼できる論文だけが一流の専門誌に載るのです。

しかし、すべての医師が忙しい日常に、膨大な英語論文を読みこなすことは、まず無理なことでしょう。そこで各専門領域の学会では、選ばれた専門家が信頼できる世界のすべての論文を読みこなして「診療ガイドライン」としてまとめ、市井の臨床医たちに提供するようになりました。つまりこの学会発のガイドラインだけが信頼できるのです。

本書では、怪しい医療情報の見分け方について、多くの事例を挙げています。大学などの論文が出版されると、プレスリリースという形でメデアに報道されることがありますが、往々にして誇張され、誤解されたりします。ワクチンの副作用では、騒動まで起きました。特定保健用食品トクホや健康食品などは、一般の健康な人まで対象にしているので、膨大な市場になっています。しかしそのほとんどは、科学的には検証されていないのです。例外的に論文を出したグルコサミンでさえ、その後の検証で効果はすべて否定されました。

また誤診では、有名な例として半世紀前の東大医学部の沖中教授の退官記念講演での、死後解剖との照合報告があります。誤診率は14%で、専門家も驚く低さでした。現代の最新技術でも、その難しさは変わりません。基本的な診察を疎かにしてはならないのです。

ガンには、かかると覚悟しなければなりません。統計データを見れば明らかです。しかし一方、ガンで死亡するリスクは意外に少ないのです。男性の生涯ガン罹患率は62%ですが、死亡率は25%です。膵がんは例外として、ほかのガンでは共存して生きる可能性があるのです。そこで新しいガン治療では、ガンを撲滅するよりも、ガンと共存しながら長生きを目指すようになりました。先進医療という高額の保険がありますが、これは未証明医療に過ぎません。余命も個人差が大きく、よく考えれば、長生きは必ずしも幸せではないのです。「了」

カテゴリー: サロンの話題 タグ: パーマリンク