「細胞が自分を食べるオートファジーの謎」水島昇著 2021年3月24日 吉澤有介

PHP研究所、2011年12月刊(電子書籍)

著者は、東京医科歯科大学医学部卒、同大学院博士課程を修了して、基礎生物学研究所の大隅良典教授の下で、オートファジーの研究に入りました。酵母から哺乳類にかけてのオートファジーの研究で多くの学術賞を受け、現在は東京医科歯科大学教授になっています。

オートファジーとはギリシャ語で、自分を(auto)食べる(phagy)を意味し、今では広く知られるようになりましたが、本書が出た当時は、まだ大隅教授が朝日賞を受けたばかりでした。著者は、この日本発の生命科学オートファジーの研究が、細胞内のリサイクルとして世界に注目され、現在劇的に進行している研究現場の興奮を生々しく伝えています。

ヒトは約60兆個の細胞からできており、細胞の種類は200以上あるといいます。直径は10~100ミクロン程度ですが、次第に古くなるので次々に新しいものと入れ替わってゆきます。例えば赤血球は約120日、皮膚の表皮細胞は約1ケ月の寿命です。また同時に細胞自体が入れ替わるだけでなく、細胞内にあるミトコンドリアや小胞体などのさまざまなタンパク質も入れ替わっています。細胞内に次第にゴミが溜まって汚れてくるので、常に新鮮な状態に保つ必要があるのです。特に寿命の長い神経細胞などでは、ほぼ一生使うので常に汚れを監視していなければなりません。そのために細胞内には「リソソーム」という約70種類の分解酵素を備えた特殊な小器官があって、ゴミや汚れの分解処理を行っています。

オートファジーとは、まさに細胞自身のタンパク質成分を、このリソソームでアミノ酸に分解し、再び新鮮なタンパク質にして利用するリサイクル作業なのです。リソソーム自体も膜に囲まれていますが、ゴミに限らず細胞質成分を何でも取り込みます。その最も基本的な役割は、飢餓に耐えることでした。生物の最大のストレスは飢餓です。細胞や身体全体は飢え死にしないよう備える必要があったのです。空腹時のタコは自分の足を食べますが、生物は細胞が外部から十分な栄養が取れなくなったとき、オートファジーで対応しました。自分自身を見境なく分解して、そこから必要な栄養素を得ていたのです。オートファジーはさらに、外部から細胞内に侵入したウィルスや細菌などの微生物まで分解していました。それがわかったのはごく最近のことです。オートファジーの研究は殆ど未開の広野だったのです。

オートファジーの発見に貢献したのは、ずばり酵母でした。とくに出芽酵母は遺伝子学研究に多くの利点があります。当時東京大学教養学部の助教授であった大隅良典博士は、出芽酵母の液胞の研究を行っていましたが、ある日その液胞の中に激しく動く顆粒状のものに気が付きました。窒素のない培養液での、飢餓状態で活性化したオートファジーだったのです。電子顕微鏡で確認し、さらにオートファジーに必要な遺伝子を⒕種類も同定できました。オートファジーのできない酵母細胞が死ぬこともわかったのです。大隅博士と大学院生の塚田美樹氏の僅か2名だけの、精緻で膨大な研究成果は1993年に「FEBS Letters」に発表されました。今ではオートファジー研究史で最も価値ある論文として世界が認めています。

大隅研究室では、その後基礎生物学研究所で、酵母の現象が哺乳類の細胞にまで及んでいることを発見しました。現在その研究は、想像を絶するほどの勢いとなっています。「了」

カテゴリー: サロンの話題 パーマリンク