「人類はふたたび月を目指す」春山純一著 2021年4月5日 吉澤有介

光文社新書、2020年12月刊

著者は、京都大学大学院修了の理学博士。宇宙開発事業団で月探査計画「セレーネ」(かぐや)に参加して、地形カメラの開発リーダーを勤め、現在は宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の助教。惑星科学が専門で、火星、木星などの探査計画を進めています。

20世紀末、ポストアポロ時代として新たな月探査が始まりました。現在、中国を筆頭に月を目指す国が世界で続々と現れ、さらに民間企業も名乗りを挙げる時代を迎えています。その目的も、月の水探しが重要なテーマとなってきました。日本でも、月周回衛星「セレーネ」が高精度の地形カメラによって、月の南極で永久影のあるシャクルトンクレーターの内部を、世界で初めて撮影に成功しました。水氷の存在を吟味する資料を提供したのです。

1990年ころに企画された、「セレーネ」の当初の主な目的は、月の起源と進化の解明、それに月の利用可能性の調査でした。ところが当時アメリカの無人月探査機「クレメンタイン」などから、月の極地に水が存在する可能性の報告が続きました。日本の月探査にも、「ガンマ線分光器」や「レーザー高度計」を活用する、水探査への期待が高まったのです。月の周回軌道を、南北両極の上空を通ることにして、著者は地形カメラの開発を担当します。地形カメラは二つの望遠鏡で「立体視」して月全表面を捉え、高精度・高感度を目指しました。

「セレーネ」は2007年9月に打ち上げられ、約1カ月半の航海を経て月に到着し、順調に運用が始まりました。そのファーストライト画像を開くとき、著者は震えたそうです。鮮明な画像は、かって無人探査機が、暗い内部の画像から水の存在を示唆したシャクルトンクレーターでした。縁の一部が南極点にかかるこのクレーターは、直径20㎞ほどで深さは4㎞もあって、壁面は30度の急斜度で落ち込んでいます。永久影の底は、縁に当たった太陽光が反射して、内部をくっきり照らし出していました。後で解析してみると、このようなチャンスは夏だけ、それも1年で数日しかないとわかりました。本当に幸運だったのです。画像を三次元化してみると、シャクルトンクレーターは、美しい逆円錐形をしていました。

著者らは、この成功を直ちに記者会見などで発表はせず、科学論文で世に出すことにしました。歴史的な発見は、まず論文にして国際的な科学論文誌に載せてもらうことが重要なのです。論文は、「ネイチャー」に投稿しました。ところが編集者によって掲載を拒否されました。理由は、水や氷の存在の有無についての新しい所見を述べていないというのです。それは厳しい指摘でした。実は著者も、あえて触れなかったところでした。画像を精査しても、水があるという確証はまだ掴めなかったからです。表面になくとも、地下深くにあるかも知れない。しかしその解析にはまだ時間がかかります。そこに最大の国際学会「月惑星科学会議」がヒューストンで開かれました。著者は、意を決して発表します。調査の経過を静かに述べて、最後にシャクルトンクレーターの従来の暗い写真を出し、ひと呼吸入れて今回の、ゆっくりと見えてゆく内部の鮮明な画像を見せると、会場は騒然としました。論文も2008年秋、「サイエンス」に掲載されました。水の探査は現在も続いていますが、著者はさらに、月や火星の「溶岩チューブ」と呼ばれる空洞の探査にも、大きな成果を挙げています。「了」

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