「日本のクマを追う」—激動の自然環境を生きる、ヒグマとツキノワグマ—2026年8月8日 吉澤有介

二神慎之介著、山と渓谷社、2026年7月刊 著者は、1977年愛媛県生まれ、広告制作会社勤務を経て、野生動物写真家として独立。主にヒグマとツキノワグマ、自然と生きる人たちの撮影を続けています。著書に「~森と川、山と海~ヒグマの旅」(文一総合出版)、「うまれたよサケ」(岩崎書店)などがあります。
2025年8月、国立公園知床の登山道で、登山者がヒグマに襲われて死亡する事故が起きました。ヒグマとの共存をうたって世界自然遺産登録20年を迎えた知床の、初の人身事故でした。近年は、その他の北海道各地や、本州の里山に都市部でさえも、痛ましい事故が多発しています。人間とクマとの関わりかたに、大きな変化が起きているのです。
著者が、初めて野生のヒグマを見たのは、20年前の知床でした。その後、ひたすらクマを見るために知床に通い、稜線にあるテント場で、長い時間を過ごすことにしたのです。本格的にクマの撮影を始めたのは、2012年の夏からでした。北見に家を借り、クルマで知床に通いました。しかし、なかなかヒグマには出会いません。それでもヒグマの気配は濃く、糞や足跡でヒグマの習性を知り、季節ごとのサケや木の実の変動にも対応して、たくましく生きている様子を実感しました。著者は、遡上するサケを待つ個体や、熟れた実を取りに木登りをする姿の撮影を試みましたが、ヒグマはいつも意外な場所に現れました。彼らの方がこちらを見ていたのです。三脚を構えたすぐ後ろに出たこともありました。川沿いの岩場で、3頭連れのヒグマと突然、目が合ったこともあります。ともに一瞬のうちに消えてゆきました。理想的な写真がようやく撮れたのは、ハイマツの実を食べている様子でした。
大雪山系の東、十勝側にも出かけました。大雪高原温泉には、ヒグマ情報センターから入る沼めぐり登山コースがあります。ここでは雄大な雪渓に遊ぶヒグマを遠望しました。雪解けの草地の芽を食べています。ヒグマは幅広い食性で、標高を自在に越えて生きていました。
著者は、ブログを通じて本州のツキノワグマの研究者とも交流しました。案内された日光の自然は、ミズナラやコナラが豊かで、初日から何頭ものツキノワグマに出会い、その魅力に取りつかれました。クマはガレ場でアリを食たり、ミズナラに木登りして若葉を食べ、小枝を集めてクマ棚をつくっていました。そのドングリは大好物で、これは写真になります。しかし、毎年訪れてみると、ミズナラやブナの実には、年ごとに極端な豊凶がありました。撮影は、なかなかうまくゆきません。ズミの木の花や実を好むことを知り、安全のためにすこし離れた樹の下で望遠レンズを覗いていると、頭上から突然、子供のツキノワグマが降りてきました。数メートルの距離です。一瞬撮った写真には、手だけが大きく写っていました。
奥飛騨はとりわけミズナラやブナが豊かでした。サルナシの実も大豊作で、著者は、ここで念願のツキノワグマの顔の、普段の表情を捉えることができました。著者は、いつもクマとの出会いを最優先し、カメラの記録は二の次で山を歩いています。撮りたいのは劇的シーンではなく、彼らの穏やかな表情でした。この作品は本書の表紙を飾っています。
著者は今、東北の山々を歩いています。日本のクマを追う旅は、途方もない長い道で、毎回、印象的なクマとの出会いがあります。彼らは、みな自在に暮らしていました。「了」

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