「文化が違えば、心も違う?」—文化心理学の冒険–2026年4月3日 吉澤有介

北山 忍著、岩波新書、2025年8月刊   著者は1957年、静岡県焼津市生まれ、京都大学大学院哲学研究科(心理学専攻)修士課程修了後、ミシガン大学で博士(Ph・D)。京都大学准教授をへて現在はミシガン大学心理学部ロバート・サイアンス冠教授、京都大学人と社会の未来研究院特任教授、心理学(APS)協会会長や、行動・脳科学関連諸学会連合会長などを務める。アメリカ芸術科学アカデミー会員。著書に「自己と感情・文化心理学による問いかけ」(共立出版)などがあります。
文化心理学という学問領域は、人の心の性質が、文化によって異なることを、実証データによって示すことを目的にしています。著者がこの研究に着手したのは、1990年代でしたが、それまでは、「人の心」とは普遍的なものであり、行動に文化の違いがあるのは、社会的規範があるから、そう振舞ってきたと考えていました。たとえば、日本人が他者に気を遣うのは、そのような規範があるからで、その背後に「普遍的な心」があるというのです。
しかし、この「普遍的な心」とは、欧米の研究者が、欧米人を調べて捉えたものでした。ここには、「心」とは、文化によって形成されたという視点は、全くなかったのです。
著者は、現代社会でみられる文化の違いを理解するには、その背後に歴史的・生態的・地理的要因があるとして、過去数千年、数万年にわたって考慮することであり、それらの違いを理解して、はじめて人類に共通した基礎を知り、真の相互理解に至るとしています
著者は、東洋一の遠洋漁業の港町、焼津のお寺に生まれました。幼友達には漁師の息子が多く、ふだんは礼儀正しいのに、ときには爆発するという「漁師気質」がありました。それは明らかに「漁師文化」であり、一般の市民と違う異文化体験をしながら育ちました。
京都大学では、文学部で心理学を専攻しました。そこでは「実験心理学」が盛んで、科学的な手法に多くを学びましたが、実験実習はラットの行動が中心だったので、「漁師気質」への問題意識とは程遠く、著者は人の社会行動を学ぶ「社会心理学」に移ります。しかし、教科書や論文は、すべて欧米人の研究者のもので、日本人研究者は、殆ど登場しないのです。
そこに折よくミシガン大学のザンダー教授が来日しました。小集団のグループ・ダイナミクス研究の世界的権威です。そこで開かれたシンポジュウムで著者は、修士論文を、なんとか片言の英語で発表しました。論文の内容はともかく、英語で発表したのは著者だけでした。
そのせいか、ミシガン大学大学院に留学できました。すると、周りが皆とても親切なのです。個人主義のはずなのに、彼らは本心から親切で、積極的に働きかけることが、相手からの親切を引き出すことになる、極めて能動的な社会関係をつくる文化があったのです。個人主義とは、社会の利益より個人の利益を優先する価値観ですが、自分から他者に働きかけて、何かを引き出し、自分の効用感を高める文化は、個人の独立性の証でした。日本人は困ったときでも、相手の迷惑を考えて助けを求めず、ただ相手の助けを待つ、受動的な感性でした。
著者は、海外の研究者と深く交わり、アフリカも含めて、世界各地の文化で実験を重ねて、現代の多文化社会における民族対決や、経済的不平等には、競争と協力の適切なバランスが重要なことを明らかにしました。競争を通じての、相互利益と共存の道はあるのです。「了」

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