「クモの世界」-糸をあやつる8本脚の狩人- 浅間 茂著、中公新書カラー版、2022年4月刊2022年6月6日 吉澤有介

 著者は、1950年、新潟県加茂市の生まれで、山形大学理学部を卒業、千葉県の高校教師を経て、現在は千葉生態系研究所所長。クモなどの生き物と環境の関係を研究しています。
 クモは藪の中だけでなく、庭先、家の中など、どこにでも棲んでいる生き物です。世界に約5万種がいますが、日本には約1700種がいて、その半分が網を張って昆虫などを捕らえ、もう半分は歩き回って獲物を捕らえています。6本脚で、頭、胸、腹部に分かれた昆虫と違って、クモは8本脚で、頭と胸が一つになった頭胸部と腹部の二つに分かれています。これはサソリやダニなどと同じく、節足動物門狭角亜門に属するクモ綱の特徴なのです。
 全てのクモは糸を出します。網を張らないクモでも、歩きながら必ず糸を引いています。多くのクモは、産んだ卵を糸でつくる袋状の卵嚢で保護します。クモは、腹部で糸の元になるタンパク質をつくり、末端にあるイボ状の管から用途に応じてさまざまな糸を出します。何と7種類の糸を出すクモもいました。糸を流して空中を飛び、分布を広げてゆきます。
 クモの糸でつくる網の形もいろいろです。よく見るのは、オニグモやコガネグモの丸い形のクモの巣で、強い経糸と粘着力のある横糸でできています。経糸には粘着力がなく、クモは自在に動いて、中央で獲物を待つものや、網の近くに隠れて待つクモもいます。
 クモのライフサイクルも多様で、1年で6世代のクモもいれば、10年近く生きるものもいます。ジョロウグモは、春に生まれて秋には成体となり、繁殖して死にます。卵は翌年5月ころに孵化して、10日経つと卵嚢を出て、500~1300匹の集団となり、糸をめぐらせた「まどい」をつくります。2回脱皮して数日後、各々が糸を流してそよ風に乘って、空中に飛び立ち、降りたところで小さな網を張るのです。雄は7回、雌は8回脱皮して成体になり、8月になると雄は交尾を求めて雌の網に侵入します。雌は10月の終わりころに産卵して、糸でつくるシートを被せて、木の屑などをかけて隠し、そこで力尽きて死ぬのです。越年して、「まどい」の子どもたちに食べ物を与えて子育てするクモもいます。さらに日本には、母親が自分の体を子どもに食べさせるクモもいました。世界的にも珍しい例です。
 一般にクモは肉食性で、何でも食べます。南米やボルネオに棲む世界最大のクモ、タランチュラは体長10cm、脚を広げると25㎝もあり、カエルやトリまで食べるといいます。
また特定のものだけ食べるクモもいます。クモだけを食べるもの、アリだけを食べるもの、蛾だけを食べるクモもいます。花粉を食べ蜜を吸うクモも観察されました。世界のクモが食べる昆虫の量は、毎年4~8億トンにも及んでいるそうです。そのため農業や林業では、クモを害虫に対する天敵として活用する研究が行われています。
 子孫を残す戦略もさまざまです。網を張るクモの雄は成体になると、自分は網を張れなくなり、雌を求めて徘徊します。雌に催眠術をかけて交尾するもの、花嫁を糸で縛って交尾するもの、あるいは網をリズミカルに弾いて信号を送り、雌の反応を見ながら近づく、恋の糸電話作戦のクモもいました。クモには紫外線に特殊な能力があり、クモの糸の性能にも驚かされます。本書は、カラー写真が魅力的で、あらためて身近なクモを見直す一著でした。「了」

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