「神と仏の人文地質学」—地殻変動で解き明かす日本古代史–2026年4月16日 吉澤有介

巽 好幸著、光文社新書、2025年12月刊   著者は、1954年大阪府生まれ、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。京都大学理学部教授、東京大学海洋研究所教授、神戸大学海洋底探査センター教授などを歴任。現在は、ジオリブ研究所所長。地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを、マグマ学で探求しています。著書に「地球は生きている」(角川ソフィア文庫)、「美食地質学入門」(光文社新書)、「地震と噴火は必ず起こる」(新潮選書)などがあり、そのいくつかは、すでにご紹介しました。
古代日本は、ヤマト王権成立以来、「神々」への祭祀国家でしたが、やがて「仏法」を取り入れた「神仏融合」の「鎮護国家」に大転換してゆきました。そこには、大災害など日本列島特有の変動帶地質現象が、大きく影響していたのです。「歴史」と「地質学」には深いつながりがありました。著者は、「人文地質学」を提唱して、その全貌に迫っています。
弥生時代の日本では、稲作が広がってゆきました。とくに奈良盆地東南の「おおやまと」は、水に恵まれた肥沃な土地でコメの生産力が高く、3世紀には大集落の「纏向」に発展して、広範囲からの求心力を発揮し、それらの勢力を結集して「ヤマト王権」が成立しました。
この地域は、300万年前から始まったフィリッピン海プレートの、北西方向への沈み込みで生まれた鉄分に富む斑糲岩が、微生物の働きで空中の窒素を固定していたのです。
ヤマト王権は5世紀に、崇神が三輪山をご神体とする大神神社で国家祭祀を始めました。気候変動で、疫病が流行した故です。6世紀に仏教が伝来しました。乙巳の変、壬申の乱を経て、王権は氏族制から律令国家を目指します。ここで天武は、伊勢に皇祖神としてアマテラスを祀り、持統が国家戦略の中心としました。伊勢は古墳時代からの辰砂の産地でした。
一方、熊野は深山幽谷の地で、古代から磐座・自然信仰が盛んでした。ヤマト王権が支配すると、王権祭祀の影響で、神社が次々に造営され、人々は霊地として深く信仰しました。山中には「熊野酸性岩」と呼ばれる「石英斑岩」の巨岩が多く、神の依り代とされました。
近年、そこには四つの巨大カルデラがあったことがわかりました。約1400万年前に次々に噴火したのです。その規模は、7万年前に噴火して、人類を50万人から絶滅寸前まで激減させた、インネドネシアのトバ火山を超えていました。全地球を極端に寒冷化させたものと思われます。現在も地下深くに「熊野岩体」があり、プレートの沈み込みと接しています。
701年、朝廷は、大宝律令を完成させました。しかし不順な気候による自然災害が続いていました。九州では隼人が反乱し、朝廷は討伐軍を送り鎮圧しましたが、その時、外来の神であった宇佐八幡が大きな功績を挙げました。それ以来、八幡神は朝廷の尊崇を受けました。
朝廷では、藤原氏の策謀で、聖武が即位しました。しかし、天災や政変が相次ぎました。幼時から帝王教育を受けた聖武は、神祇祭祀を行いましたが災禍は続き、悩んで仏に救いを求めました。廬舎那仏を造営して「鎮護国家」に転換すると決意します。適地を求めて各地を巡って平城京に戻り、仏法に帰依した宇佐八幡の力を借りて造営に成功しました。八幡の予言どおり奥州で金が産出したのです。聖武は、左大臣橘諸兄の進言により、八幡神に倣って「神仏融合」を宣言しました。熊野は大権現となり。山岳修行の聖地になりました。了

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