ニコラ・ライハニ著 藤原多伽夫訳、東洋経済新報社、2023年7月刊
著者は、英国王立協会大学研究フェローです。ユニバーシテイ・カレッジ・ロンドンの進化論・行動学教授、同大学の社会進化・行動研究所のリーダー。人間を含めた生物の社会的行動の進化が専門です。多数の論文で、フィリップ・リーバーヒューム賞を受賞しました。
訳者は、1971年生まれの翻訳家。静岡大学理学部卒。生物進化など多くの訳書があります。
2020年に起きた新型コロナのパンデミックは、家族の意識、共同体意識、全体のために個人がどのように「協力」するかなどの諸問題が、大きく浮彫になりました。生命の歴史は、協力の歴史でもありました。このような問題に取り組むには、ヒトに近い類人猿などを見るよりも、社会性を持った全く異なる種の生物を見る、視野の広さが必要になってきます。
ブラジルのあるアリは、日中は地上で食物をあさりますが、日が落ちると安全な地下の巣にこもります。しかし、数匹は外にとどまり、仲間の帰還を見届けると、巣の入口を外からふさぎます。外に残ったら一晩も生きられません。巣の近くで死ぬと、天敵に巣のありかが知られるので、巣を守るために、残った働きアリたちは遠くまで歩いて、消えてゆきました。これは極端な事例でしたが、多くの種で、協力は仲間に限らず、広く行われているのです。
しかし、全体の利益を得るために力を合わせることには、個人の犠牲を伴います。ダーウィンは、利己的な個体を重視しましたが、個人の犠牲とどのように両立するのでしょうか。ここに自然科学と社会科学が出会う領域がありました。社会性の高い昆虫では、コロニー自体が「超個体」のように行動しています。構成要素が全体の利益に貢献していたのです。
ではヒトの集団は「超個体」でしょうか。チーム内の全員が共通の目的をもって、それを実現することはありますが、それは集団内の競争よりも、集団間の競争のほうが厳しい場合でした。それでも個人の利益と集団の利益が一致しないことがあります。個人が、集団に貢献しているように見えても、やはり個人としての成功を追い求めているからです。
個体自体も、体内に多様な微生物を共生させています。宿主と微生物の関係は、相互依存関係にありますが、ときには制御不能になることもあります。微生物はやはり他者でした。
しかし多細胞生物には、ミトコンドリアが細胞内にあって、これは個体の一部になっています。個体にエネルギーを供給して、常に力を尽くしていました。そのゲノムは、細胞同士の争いを起こす少数の利己的遺伝子を抑えて、集団全体の健全性を保っているのです。
親が子の世話をするのは自然ですが、一部の種では、子がそのお返しをします。「協力的繁殖」と呼ばれ、ヒトも類人猿の中では唯一含まれています。祖先が過酷な環境を生きてきたからです。人類の繁栄は、協力的繁殖によるものでした。現代の工業化社会では、社会的な施設があり、血縁かなくとも複数の養育者がいて、進化の長い歴史をつないでいます。
ここでは他者の役に立つ行動が、個人の長期的な利益になっていました。「返報性の原理」と呼ばれ、協力を促進します。「囚人のジレンマ」は、その相互依存の在り方を問う好例でした。しかし、世界規模の問題には、世界規模の協力が必要です。見知らぬ人をも信頼して、「世界規模で考え、地域で行動する」ことでしょう。まだチャンスはあるのです。「了」

