雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」  2026年3月23日 吉澤有介

稲垣栄洋著、中央公論新社、2023年11月刊  著者は静岡県生まれの植物学者です。岡山大学大学院農学研究科を終了、博士(農学)。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現在静岡大学大学院農学研究科教授。専門は雑草学。著書は、「弱者の戦略」(新潮選書)、「生き物の死にざま」(草思社)、「はずれ者が進化をつくる」(ちくまプリマー新書)、「生き物が老いるということ」(中公新書ラクレ)など、150冊以上もあり、区立・私立中学入試「国語」最頻出題者としても知られています。
著者は、研究一筋の「雑草専門家」と思われていますが、経歴は「みちくさ人生」そのものでした。第二志望で進んだ大学では、授業はそっちのけでのんびりと過ごし、一年生のころまでは、植物に特別の興味はありませんでした。ある日、図書館で、宮沢賢治の童話でシロツメクサに触れて、その観察眼に驚きます。著者は、オオイヌノフグリの瑠璃色に魅せられ、クラスの名簿に、好きな女性はオオイヌノフグリのようなひとと書いていました。
大学院に進むと、研究テーマを「イグサ」にしました。イグサは畳表に使うために、雑草から栽培種になった変わった植物で、この分野の研究者がほとんどいなかったからでした
イネやコムギなどの栽培植物については、すでに研究が進んで、教授、助教授、院生、学生という知識の序列が確立されていました。しかし、雑草では種類は多く、500種もあって、教授もすべてを知ることはできません。未熟な学生でも、対等に議論ができるのです。雑草は面白い。折よく「雑草学研究室」が新設されたので、著者は海外留学がほぼ決まっていたのに、迷わずこちらに移ることにしました。教授は激怒しましたが、ムリを通したのです。
雑草学研究室は、放任主義でした。雑草は、自分で伸びる力があるので、下手に人間が手を加えると、うまく育たないのです。この研究室の学生の育て方も、これと同じでした。
「雑草」とは、人間が作り出す特殊な環境に適応して進化した特殊な植物です。そのため雑草は人間が暮らしている場所にしか生えません。森の中に生える草は「山野草」で、雑草とは区別されています。著者は、教員になってから、学生によく植物の名前を聞かれましたが、一般の植物はほとんどわからないのに、雑草だけには詳しくなりました。ハルジオンとヒメジオンの区別、メヒシバとオヒシバの違いも、すぐにわかります。忍者屋敷には、コオニビシが生えていました。足に刺さるヒシです。忍者は「草」を熟知していたのですね。
しかし、著者は、すぐに雑草の教員になったわけではありません。大学院を出てから、研究者になりたくて農林水産省に入りましたが、念願の研究職にはなれず、行政職になりました。霞が関では、それなりの手応えはあったものの、やはり研究者になりたい。地方公務員に転向して、農業試験場勤務を経て、ようやく研究所に入りました。ずいぶん「みちくさ」をしたのです。大学に戻ったときには、すでに45歳になっていました。しかしその間、ムダだったことは何ひとつありません。まっすぐに伸びている雑草はないのです。雑草は踏まれると立ち上がれませんが、踏まれたまま花を咲かせて、実を結べばそれでよいのです。
「みちくさ」はおもしろい。「みちくさ」はすばらしい。だから若い人たちにも、「みちくさ」を勧めるのです。「みちくさ」のない人生よりも、はるかに面白いからでした。「了」

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