「前世の記憶をもつ少年」全訳勝五郎再生記聞  2026年3月25日 吉澤有介

平田篤胤ほか、今井英和訳・解説 角川ソフィア文庫、令和8年1月刊 平田篤胤(1776~1843)は、江戸後期の国学者です。秋田に生まれ、日本神話を再解釈して独自の世界観を構築しました。とくに幽冥界の探求に力を入れ、実地調査を重んじました。
訳者は、1979年東京生まれ、大東文化大学大学院で博士(文学)、現在は共立女子大学文芸学部准教授。専門は日本文学研究、民俗学、比較文化論。著書に「異世界と転生の江戸 平田篤胤と松浦静山」(白澤社)、訳・解説に「天狗にさらわれた少年—」などがあります。
文政6年(1823)8月、高名の国学者、平田篤胤は京に上り、親交のあった正三位富小路治部卿に、清書したばかりの「再生記聞」を見せたところ、大そう面白いので、仙洞御所の上皇さまに御覧頂くことになりました。院に参上して本書を奉ると、上皇はいたく喜ばれ、女官に写させて、返歌まで頂戴したので、篤胤は、本書を特別な署として遺しました。
この「再生譚」は、同年4月に武州多摩郡中野村(現在の八王子市東中野)に住む数え年八歳の少年、小谷田勝五郎が、ある日突然に、自分の前世は同じ武州程窪村(現在の日野市程久保)に暮らしていた須崎藤蔵であり、六歳の時に疱瘡で死んだ。その生まれ変わりであると語ったことでした。最初は家族も半信半疑でしたが、翌年、祖母が勝五郎を連れて程窪村を訪ねると、藤蔵の遺族である須崎家が実在しており、勝五郎の話と一致していました。
須崎家でも驚いて、亡くなった藤蔵とよく似たこの少年を、涙とともに迎え入れました。二人の間には、13年の歳月が流れていましたが、この不思議な縁で、両家は親戚付き合いで結ばれたのです。話はすぐに江戸に伝わり、たいへんな騒動になりました。この地の領主である旗本、多門伝八郎は、勝五郎親子ら関係者から事実調査を行い、詳細な調書を作成し、上司の御書院番頭に提出しました。平田篤胤や、隠居大名池田冠山も調査しています。
勝五郎が語るには、前世に息が絶えたときは、何の苦しみもなかったが、その後しばらく苦しくなり、やがて楽になった。体を桶の中に強く押し込まれると、自分の意識は飛び出してその傍にいた。山に運ばれると、白い覆いの上に乗って行き、その桶を穴に落とし入れた時に、大きな音がしたことをよく覚えている。僧侶たちが読経をしたが何の役にも立たず、高額のお布施を取ったのを見た。自分は人に語り掛けてみたが、声は届かなかった。
その時に、白髪を長く垂らした爺様が現れ、きれいな原っぱに誘われて遊んでいたら、カラスに脅かされて怖かった。我が家で家族が語っているのが聞こえた。しばらく道で遊んでいると、また爺様が現れ、指さして「この家に入って生まれよ」と言ったとのことでした。
勝五郎は、一里半離れた程窪村に行くと、ある家に駆け込み、その家の主が「半四郎」であること、妻の名が「しず」であるといい、周囲の様子まで、すべてが一致していました。
輪廻転生の思想は、世界各地にありますが、この「再生譚」は稀有なケースでした。小泉八雲も、明治30年(1897)に「勝五郎の転生」を著して、近代西洋の知識人にも知られるようになりました。勝五郎研究は、現代でも続いており、2006年には、日野市郷土資料館を拠点に、市民たちの調査団が発足しています。本書には、詳細な注記がありました。「了」

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