中公新書2021年11月刊
著者は、1969年愛知県に生まれ、93年に大阪大学大学院基礎工学研究科を修了して、信越化学工業で光通信デバイスを開発に従事しました。97年より2年間、青年海外協力隊に参加してザンビアで理科教員をつとめ、2003年には北海道大学大学院地球環境科学研究科で博士、スイス連邦工科大学研究員を経て、現在は北海道大学低温科学研究所教授です。
氷河と氷床を専門とし、南極氷床は魅力的な研究対象でした。本書はその最新の知見です。
南極氷床の面積は、日本の約40倍、氷の厚さは平均2000mで、場所によっては4000mを超えます。もしすべてが融けて海に流れると、地球の「海水準」は、約60m上昇します。この巨大な南極氷床が、これまでの予想をはるかに超えて、変化していました。21世紀末までに海水準が、2m近くも上昇しそうです。最大の異変は、氷と海の境界で起きていました。その影響は、地球全体に及びます。近年、飛躍的に向上した観測技術が確認したのです。
南極の地図は、0度の罫線を上に描き、右側を東南極、西側を西南極と呼びます。東南極は、なだらかな半円形で、内陸地点の氷床の最高点は海抜4090mです。西南極は大きく抉れて、地図の左上に尻尾のような南極半島が突き出ており、その先に南米大陸があります。
西南極の大陸基盤は複雑で、多くは海面下にあり、-2870mのところもありました。その上に氷床がずっしりと覆っているのです。それらの内陸の氷床は、ゆっくりと流れて、先端が海に浮いて棚氷になります。その先端を氷山に切り離す現象をカービングと呼びます。
氷床は、涵養と消耗によって流動しますが、表面からの消耗は殆どなく、棚氷の底で海水に融けてゆきます。人工衛星によってその全容が解明されたのは、つい最近の2013年のことでした。巨大な氷床の変化の測定は、標高や重力の変化に加えて、氷床の「収入」と「支出」を直接産出する方法が開発されました。降雪量、気温、水蒸気量、風などの領域気候モデルをつくり、氷床の底面が大陸を離れて棚氷となる「接地線」を捉えて、その海水と氷の密度を使って、氷の厚さを計算します。しかし、南極を取り巻く接地線の総延長は5万㎞、何と地球の外周よりも長いので、容易ではありません。国際チームによる膨大なデータ解析に、様々なモデルが開発され、過去に遡った解析で、将来を予測するまでになっています。
そこで明らかになったのは、崩壊する棚氷、加速する氷河という氷床の危機でした。東南極では、僅かに氷が増加していますが、南極半島の減少で相殺され、西南極全域で急激な減少が起きていました。西南極の氷は、多くの地域で海面下にあり、海洋の影響を強く受けているからです。とくに南極最大のバイアイランド氷河に、極端な異変が生じていました。
南極氷床の融解は、海洋大循環に大きな影響を及ぼします。北太平洋で海底から浮き上がった海水は、海面近くを南下して、インド洋を西に回り、大西洋を北上して北端で強く沈み込みます。深く戻って、南極周辺の海水と合流して太平洋の深層に還流します。南極の氷が融けて塩分が減ると、北大西洋での沈み込みが止まって、循環が停滞し、北半球が急速に寒冷化する恐れがあります。南極の氷床からの氷コアの解析で、気候変動の80万年史がわかってきました。過去の変動に対して、現状がいかに不穏で異常かが問われています。「了」
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