「生命海流」–GALAPAGOS–福岡伸一著  2022年8月25日 吉澤有介

朝日出版社2021年6月刊  著者は、1959年東京生まれの生物学者です。京都大学理学部卒で教授、現在は青山学院大学教授、ロックフェラー大学客員教授です。一般向けの多くの著書があり、「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)、「動的平衡」(木楽舎)などは、すでにご紹介しました。
少年時代から研究者となるまで自然を愛した著者は、ナチュラリスト宣言として、(調べる、行ってみる、確かめる、また調べる—)を挙げ、その長年の夢は、生涯、一度でもよいからガラパゴスにゆきたいと願っていました。それもただ観光客としてではなく、200年前のビーグル号と同じ航路を辿り、チャールズ・ダーウィンと同じ体験をすることでした。
ガラパゴス諸島には、今なお大きな謎が残されています。この島に棲む奇妙な生物たちは、どこからきたのか? なぜこのような特殊な進化をしたのか? 自分で見て考えたかったのです。ガラパゴス諸島は、決して世界から取り残された場所ではなく、海底火山の隆起で生まれた、地球史的にはごく若い島々です。古い島でも数百万年しか経ていません。奇跡的に辿り着いた生物たちの進化は、まだ始まったばかりの、世界最先端の現場なのです。
しかし、その渡航は難航しました。テレビ局の企画もありましたが、バラエテイ番組で、研究者としての意に添いません。ひたすら機会を待つうちに、著者に共感した出版社からの願ってもない提案がありました。本書は、ついに実現した夢と涙のドキュメントです。
2020年3月4日、著者らのチャーターした全長27,5 m、排水量40トンのマーベル号は、船長以下4人の乗組員と、福岡ハカセ、カメラマン、現地日本人の通訳、それにエクアドル国立公園指定の監視員として義務付けられているネイチャーガイドの一行を乗せて出港しました。ダーウィンの軍艦ビーグル号の6分の1の規模ですが、立派な探検隊です。
ガラパゴス諸島は、赤道直下の火山島です。古くから知られていましたが、独立間もないエクアドルが1832年に領有宣言をして、列強の魔手を逃れ、奇跡的に自然が守られてきました。ダーウィンが訪れた3年前のことでした。今も海岸線はほとんどが溶岩のままで接岸できず、どの島もゴムボートから水中に飛び降りて上陸するという厳しいものでした。
ハカセはまず大きなアシカとウミイグアナに驚きます。ガラパゴスゾウガメの群をやり過ごして森に入ると、リクイグノアに出会いました。人を見ても動きません。2m以内に近寄ってはならないので、じっと観察しました。彼らの祖先は、南米大陸から天然の筏によって、漂着したのでしょう。南赤道海流に乗ったのです。ごく僅かな生物種が、大型哺乳類などの天敵のいない島で環境を棲み分け、譲り合って平和に暮らしました。広大なニッチを享受し、自由に選択し、好きなように生きてきたのです。自然淘汰の圧のない進化は、ダーウィニズムとは、大きく違っていました。著者は、さらにシュノーケルで限りなく透明な海中を散策しましたが、クロムウェル寒流で豊穣な海は、ウミガメや魚たちの天国でした。
ガラパゴスの生物たちは、本質的に自由で、自発的に利他的であり、余裕は遊びとなっています。ガラパゴスは、進化の袋小路ではなく、進化の最前線であり、生命の本当の振る舞いを見せてくれました。旧世界での自然淘汰や、生存競争とは別世界だったのです。「了」

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