吉田伸夫著、幻冬舎新書、2022年1月刊 著者は、1956年生まれ、東京大学理学部卒、同大学院博士課程を修了した理学博士で、専攻は素粒子論。科学哲学や科学史などの幅広い分野で活動しています。「宇宙の終わりはあるのか」、「時間はどこから来て、なぜ流れるのか」(ともに講談社ブルーバックス)、「科学はなぜわかりにくいのか」(技術評論社)など、多くの著書があります。
量子論は、世界とは何かを理解するために必須の理論です。なぜガラスは透明で、金属はキラキラと輝き、食塩はすぐに水に溶けるのか、さらにモノに形があるのさえも、量子論でなければ説明できません。私たちが住んでいる美しい世界が、生命を宿し、複雑なできごとに溢れているのも、量子論によってはじめて理解できる物理学の分野なのです。
水の分子は酸素原子1個に水素原子2個が結合し、104.5 度の角度で「く」の字に折れ曲がっています。水素原子は正に、酸素原子は負に帯電しているので、他の分子が接近すると、引き寄せたり反発したりします。また生物の体内にある脂質分子には、親水基と疎水基の尾があって、水中に入ると集団で水分子と相互作用して膜構造を形成し、生命の基本単位である細胞をつくります。生物は、その安定した細胞膜によって、光合成のような一連の化学反応を行っています。生命が従う物理法則は、ニュートン力学とは本質的に異なっていました。
もし水分子がニュートン力学に従うなら、原子同士が常に一定の角度を保つことはできません。原子も原子核と電子は正と負に帯電しているので、くっついてしまうでしょう。しかし分子はみな一定の構造を保っています。19世紀の科学者は、物質は原子という構成要素からなり、その内部に原子核と電子があると考えましたが、これらがなぜ安定した原子を構成できるのかは大きな謎でした。分子のような精密機械が、自律的につくられるのは、どのような物理法則によるのか、もしかしたら電子は、粒子とは異なるのではないか。
そこに生まれたのが量子論だったのです。シュレデインガーは、電子が粒子でなく、波だと考えました。電子が固有振動によって定在波を形成したとき、広がりを持つ整数の安定状態ができることに気が付いたのです。これまでの謎が解決したと直感して、ニュートンの運動方程式に代わる、波動方程式を提案しました。しかし不確定原理のハイゼンベルグから猛然と攻撃され、彼は渋々自説を撤回します。電子は粒子のようでもあり、波のようでもあるという何とも不可解な説になってしまいました。これでは専門家でさえ理解できません。
この粒子と波の2面性を解決したのが、ヨルダンによる場の量子論でした、電子は「状況によって粒子のように振舞うこともある波だ」としたのです。すべての物理現象の根底には、場の振動があるという自然観に基づくもので、既知の素粒子現象を明快に説明しました。
ところがこの「わかりやすい量子論」は、あまり普及していません。ボーアら主流派との確執があったのです。ヨルダンの場の量子論には、電磁場の特性によって光のエネルギーが量子化するという、アインシュタインの光量子論も大きく貢献しました。しかし論争は続いています。数学的厳密さから出発する物理学で、「超ひも理論」がありましたが、今は廃れてしまいました。著者は、物理現象の根底に迫る、本当の「量子論」を求めています。「了」
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