「世界史の針が巻き戻るとき」—「新しい実在論」は世界をどう見ているか—2023年6月25日 吉澤有介

マルクス・ガブリエル著、大野和基訳、PHP新書2020年2月刊

著者は1980生まれ、「新しい実在論」を提唱して、29才で史上最年少の名門ボン大学教授になりました。著書「なぜ世界は存在しないのか」(講談社選書メチエ)は、世界のベストセラーになっています。NHKテレビ「欲望の時代の哲学」にも出演しました。本書は、世界中から注目されている気鋭の哲学者が、日本の読者のために語った対話と提言です。
いまヨーロッパでは、移民や財政などの諸問題を契機に、国民国家の復活が起きつつあります。EUには、多くの異なる文化がありながら、グローバル・コンセプトで隠してきましたが、すでに崩壊状態になっています。どの国も古き良き19世紀の歴史に戻ろうとしているのです。国家規模の擬態が始まりました。その先例はアメリカで、ヨーロッパのように見せながら実は全く異なるシステムでした。いまの中国も大きな擬態です。近代化したと見せながら独自のゲームを展開しています。そしてヨーロッパもまた、ヨーロッパのように見せかける擬態をしているのです。同国民同士でのいざこざが絶えない所以でした。世界には信頼性の低い情報が溢れています。そこで真実を求めるのが「新しい実在論」なのです。
「新しい実在論」では、あらゆる物事を包摂するような、単一の現実(世界)は存在しません。現実は一つではなく、数多く存在しており、私たちはそれをそのまま知ることができるのです。これはデジタル革命の結果として生まれました。人はいろいろなことを言いますが、重要なことは、それが正しいかどうかという問いなのです。私たちは昔から、人間の理性を良きコンセプトとしてきましたが、現代ではこれが無視されています。近代科学は統計的な世界観をもたらしました。自然科学を経済学や技術生産に応用することだけを考えているのです。この思想が多くの人を殺しました。イデオロギーではアメリカも中国も同じです。共通点があるからこそ敵対しているのです。双方とも物質主義で、非常によく似ています。
普遍的な倫理感には生物学的な基盤があります。私たちは、もともと同じ種だからです。誰かを攻撃するには、彼らは自分たちと違う「他者」であると主張しなければなりません。多くの場合、文化的異質性が偏見を生みました。キリスト教はこれまで一番多くの人殺しをしています。さらに有害なのは近代(現代)科学で、価値の闘争はまだ続いているのです。
民主主義は最大の危機を迎えています。民主主義の基本的な価値観はコモンセンスですが、自分が信じているなら何でも自由に言える権利だという誤解がまかり通っているのです。手続きが複雑で緩慢であっても、「明白な事実」に基づかなければなりません。トランプは明白な事実を否定して問題になりました。グローバル資本主義は国家に回帰してゆきます。資本主義には「悪」が潜在しています。統計的な世界観から、倫理観を取り戻すことです。
禅宗にある日本人の価値観は、欲望を切り捨て、「今」に集中します。これこそ「新しい実在論」でした。自然科学は価値を論じることができません。科学への信奉は原始的な宗教回帰に近い。私たちはいつの間にか、GAFAに「タダ働き」させられているのです。著者は、日本のテクノロジーに関するイデオロギーを生み出す力に、おおいに期待していました。「了」

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