「脳科学は人格を変えられるか?」エレーヌ・フォックス著 2020年1月25日吉澤有介

森内薫訳、文春文庫2017年8月刊

著者は、心理学、神経科学を専攻するオクスオード大学教授です。2015年7月にはNHKのEテレの「白熱教室」に登場しました。本書は、その講義がベースになっています。

世の中には悲観的な人もいれば、楽観的な人もいます。脳の中には思考をつかさどる新しい領域と、原始的な感情をつかさどる古い領域があって、両者は神経線維の束で結ばれています。この結びつきのバランスが、さまざまな心の動きを生んでいるのです。著者は、ネガテブな心の動きを「レイニーブレイン」(悲観脳)、ポジテブな心の動きを「サニーブレイン」(楽観脳)と呼んでいます。この両者は、それぞれ脳の別な回路が担当していました。

心理学はこれまで、ほとんどがネガテブな問題をとりあげて、不安や抑うつ、依存症などと取り組んできました。しかし最近の心理学では、楽観で幸福をもたらすのは何かを解明する方向に変わってきています。なぜ世の中には何事にもへこたれず、いつも幸福な人がいるのでしょうか。楽観的な人は、ポジテブなものに強く惹かれると同時に、ネガテブなものを巧みに避けていました。悲観的な人とは、認識のスタイルが根本から違っていたのです。

楽観も悲観も、「気質」と「一時的な状態」にわけられます。楽観的な人は、大体が陽気で明るく、まわりの人まで明るくしてくれます。それは一時的ではなく、もし悪いことが起こっても、必ず対処できると信じており、実際に切り抜けることができてしまうのです。一方、悲観的の気質の人も、いつも不安で悲しんでいるわけではありません。しかしうまくゆかないほうに気を配るあまり慎重になりすぎて、かえって悪い結果を招いてしまいます。

この認識の違いは、寿命にも影響していました。ある修道院の記録によると、気質の明るい修道女のほうが暗い気質の修道女たちより、同じ環境なのに10年も長命だったのです。

それが脳のどの部位の働きによるかは、1950年代のラットに電極を埋め込む実験で、偶然に発見されました。脳の「側座核」がその場所だったのです。それは人間も同じで、「側座核」は快楽中枢として、ドーパミンやオピオイドという神経伝達物質を分泌して、さまざまな経験を楽しんだり、欲求したりする活動をしていました。これは衝撃的な情報でした。そこを刺激すると、悲観的な人の憂鬱な気分が一時的にせよ晴れたのです。オピオイドが良い気持ちにさせ、ドーパミンがそれを欲求するという役割もわかりました。それらの原始的な働きは、大脳皮質にある前頭前野が抑制して、微妙なバランスをとっていました。

快楽をつかさどる領域と同じく、腦には恐怖をもたらす緊急事態に対応する部位がありました。その中心は「偏桃体」と呼ばれる組織です。人類の進化の歴史には、激しい嵐やヘビなどの恐ろしい捕食者の記憶が深く刻まれています。偏桃体は無意識の脅威にも反応するので、ネガテブな情報が人々の心を動かすのです。しかし、ここにも前頭前野の抑制が働いていました。現代まで子孫を残したのは、このような脅威を巧みに回避した人たちでした。

遺伝子の影響もありますが、性格を変えることは不可能ではありません。脳の回路は柔軟です。人間は本質的に、危機を乗り越える強い心があるからこそ生きてきたのです。「了」

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