「皮膚は凄い-」傳田光洋著 2020年1月17日吉澤有介

生き物たちの驚くべき進化
 岩波科学ライブラリー2019年6月刊 著者は、京都大学大学院で分子工学を専攻した工学博士です。カリフォルニア大学研究員を経て資生堂グローバルイノベーションセンターの主任研究員となり、2010年からは科学技術振興機構CRESTOの研究員を兼務するという、異色の経歴を持つ皮膚の研究者です。

日本の皮膚の専門家はほとんどが医師で、皮膚の病気を治すことが目的ですが、著者は皮膚そのものの構造と機能の解明に注力しています。皮膚の表面にある表皮細胞ケラチノサイトには感覚があり、とくにヒトの表皮にすごい能力があることがわかりました。

地球上のあらゆる生きものは皮膚を持っています。単細胞のゾウリムシは、細胞膜という皮膚で外の世界との境界をつくっていますが、そこにはいろいろなセンサーがあり、温度や酸、アルカリも検知し、エサを見つける能力までも備えています。ヒトもトマトもゾウリムシも、みな皮膚で身体を守り、外界と交流し、心の状態は皮膚の色に表れるのです。

ヒトの皮膚は、筋肉や内臓を包む筋膜を覆っています。皮下組織の上には真皮があり、コラーゲンなどの弾力性がある繊維で、外界からの圧力にクッションの役割を担っています。その上にあるのが表皮で、表面は角層で覆われています。細い血管は真皮までですが、神経は表皮の中まで入り込んでいます。角層は、表皮が次第に変化してつくられます。ケラチノサイトが、表面に移動して死ぬと、その中にあったラメラ顆粒の脂質が押し出され、平たくレンガのように硬くなったケラチノサイトの間を、コンクリートのように埋めます。薄い角層にあるこの緻密な構造が、高いバリア機能をもって身体の水分を保っているのです。

人類が、体毛をなくしたのは120万年前と考えられます。そのころメラミンを合成する遺伝子が出現しました。薄い体毛でも肌を黒くして、アフリカの太陽に耐えられるようになったのです。体毛と引き換えに表皮を環境にさらすことで、外界のさまざまな情報が皮膚を通じて得られ、大きくなった脳が受け止めて、生存に有利にはたらくようになりました。

著者は、ケラチノサイトの「感覚」を実験して、さまざまな刺激に「興奮」することを確かめました。表皮は温度や気圧も含めた触覚に、視覚、聴覚まで持っていたのです。表皮からの情報のうち、瞬間の応答の多くは脊髄で処理し、その他は脳に送られて、それまでの経験と合わせて未来に向けての大局的な戦略を練ることができました。やがて人類はアフリカを出ます。北欧などの紫外線の少ない地域では、メラミン色素が多いとビタミンDが不足します。そこで肌色を白くして対応しました。体毛が少ない人間は、皮膚を通じてのコミュミケーション、いわゆるスキンシップが社会の発展に大きな役割を果たしました。表皮は免疫機能の最前線であり、皮膚に棲む細菌が直接脳に影響するという仮説もあります。

本書では、さまざまな動植物の皮膚についても、詳細に解説しています。汗を出して体温を調節するのは、ヒトのほかにはウマだけでした。タコにクラゲ、カエルまで登場します。コウイカは大きな腦で、皮膚の色を自在に変化させます。昆虫の知恵も見事でした。しかし人間は、ホモ・サピエンス一種だけで繁栄し、環境まで変えてきました。表皮と脳の二つの情報処理機構が連携したからでしょう。表皮には脳と同じレベルの力があったのです。「了」

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