「樹木たちの知られざる生活」 ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳 2019年6月16日 吉澤有介

早川書房2017年5月刊 著者は、ドイツのボンに生まれ、大学で林業を専攻し、20年以上に及ぶ営林署勤務を経て独立した、地方自治体で働く森林管理者です。2015年に出版した本書は、ドイツで70万部を超えるベストセラーとなり、アメリカをはじめ34か国に翻訳されています。

現代の林業は、木材をつくるために、木を伐り、新しい苗を植えます。樹木を相手にするのは、あくまでも仕事のためで、森林の健康には関心を持っていません。曲がった木や、デコボコの木の価値は低いとしていました。しかしそのような木こそ、人々を癒してくれる、幸せで健康な森をつくっていたのです。アーヘン工科大学の研究で、さまざまな樹木の習性が明らかになるにつれて、著者は樹木の個性を尊重する営林を目指すようになりました。

著者の管理しているブナの森があります。そこにある古い切り株は、中身が朽ちていたのに、樹皮には緑色の層が残っていました。まだ生きていたのです。近くの樹木から根がつながっていて、栄養素を受け取っていました。異種の木同士でも助け合いをしています。さまざまな木が手を組んで確かな生態系をつくり出すことで、暑さや寒さに耐え、多くの水を蓄えて、より棲みやすい森になるのです。森林はアリの巣にも似た、優れた組織でした。

樹木は無口ですが、ブナもトウヒもナラも毛虫に葉を齧られると痛いと感じます。その部分の組織が変化して、どんな害虫が来たかを判別し、電気信号によって葉に防衛物質を集めます。それは目的ごとに異なる芳香物質で、害虫に向けて発散すると同時に、仲間の木々にも空気を使って警報を伝え、さらにその警報は地中の根からも菌類を介して伝えるのです。

木はゆっくりと生長します。若いブナは早く大きくなりたい。力もある。しかし母親はそれを許しません。子どもたちの頭上に大きな枝を広げて、日光を遮ります。若い木の光合成を抑え、ゆっくりと生長させると、長生きするからです。若ブナはひたすら我慢して、樹齢400年の母親が倒れると、子供たちは競って生長し、その元気な勝者が後を継ぐのです。

ブナの成木では、毎日500ℓを超える水が体内を駆け巡っています。森は季節ごとに水を貯え、木々を養いますが、時には雨がなくて水不足になります。そのとき一番苦しむのが、普段水の豊富な場所に立つ木です。節約を知らずに贅沢に育ったツケが回ってくるのです。そうしたトウヒは、樹皮が乾燥して、1mもの裂け目ができて、樹脂でも補修がききません。

しかし普段から乾燥した岩の多い土地に育ったトウヒは、生長はゆっくりでしたが、この雨不足の年を元気に乗り越えました。なお乾いた木は、超音波の叫び声を出すそうです。

木はどのようにして水を根から葉まで届けるのでしょうか。誰もが「毛管現象」と「蒸散」と答えます。しかし理論的に合わない。この簡単な問いは、いまだに解明されていません。

樹木には学習能力があるのでしょうか。木は情報の保存や加工をする脳を持ってはいません。しかしミモザの研究では、触れると閉じる羽のような葉が、一定間隔で刺激すると、やがて閉じなくなります。危険でないと学んだのです。さらに数週間の中断後にテストしたら、ミモザは前回の学習を覚えていました。根の先端に、脳に似た組織があるといいます。

樹木は、身近で尊い友人という著者の、森林と樹木への深い愛に満ちた好著でした。「了」

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