榎村寛之著、中公新書、2023年⒓月刊 著者は1959年大阪府生まれ、大阪市立大学文学部卒、岡山大学大学院文学研究科及び関西大学大学院文学研究科で博士(文学)。三重県立斎宮歴史博物館学芸員、関西大学文学部非常勤講師。専攻は日本古代史で、伊勢斎宮関係の多数の著書があります。
一般に、奈良時代のイメージは、おおらかで行動的、平安時代は、なよやかで上品というイメージが、長い間定着しています。しかし、その実態は大きく異なるものでした。
奈良時代の政府は、日本と名付けたこの国を、いろいろな角度から分析して、その実態を徹底して記録に残すことを目標としていました。「大宝律令」、「日本書紀」、「風土記」や戸籍などの文字資料が作られ、国と郡を設けて全国支配の仕組みを構築し、租・庸・調の制度などで、あらゆるデータを集めて政治が行われた、日本初のデジタル化社会でした。滅亡した百済から渡来した最新の技術と文化が、支配層に共有され、活用されたのです。
これに対して平安時代では、天皇と貴族などの人間関係で社会が動き、律令も戸籍も空文化した、アナログ社会へと変わってゆきました。しかし、平安前期の200年は、奈良時代に作られた律令国家を基盤としながら、古代から中世に向けてのさまざまな試行錯誤が行われた、大転換期だったのです。そもそも桓武天皇の誕生が異常でした。天智系ではあるものの、母は渡来系の高野新笠であり、異母弟でより高貴な血筋だった他戸皇太子を廃して即位したのです。聖武というこれまでの天皇像から脱却する必要がありました。
幸運にも年上の藤原氏がすべて死んで、桓武は専制的君主となり、長岡京、平安京への遷都は、絶好の構図でした。しかし、軍事(東北戦争)と、造作(新京の建設)に明け暮れ、国家財政を圧迫します。そこで桓武は、政治の在り方について、有能な超エリート貴族の藤原緒嗣(32才)と、学者の菅野真道(65才)に、デイベートをさせました。
結果は、若い緒嗣の政策転換策が採用されましたが、桓武の学者登用の現れの一つでした。この時代は、低い身分の氏族であった土師氏から、小野氏や菅原氏、大江氏などの秀才が博士となり、貴族となったものもいました。藤原氏ら高級貴族の子弟は、従五位下からスタートしましたが、一般に国家試験をパスした得業生も、八位からの下級官吏になり、五位以上に進む可能性もあって、一時は藤原氏に対抗する勢力にまでなりました。
しかし10世紀になると、博士の役割が次第に衰えてゆきます。右大臣まで上がった菅原道真が失脚すると、諸氏族が集まる大学は、学者の家として世襲するようになったのです。
宮廷女性の役割は、古代からの伝統がありました。奈良時代の後宮には⒓の司があり、とくに「内侍司(ないしのつかさ)は、天皇に近侍して、「宣」を内記に伝えて太政官会議にかける極めて重要な地位でした。橘美千代は6代の天皇に仕えています。天皇は後宮ではなく、キサキの家に通っていました。それが桓武の時代から、後宮が本格的なハーレムに変わってゆきました。20人以上もいて、身分は皇后、夫人、妃、女御、更衣などさまざまでした。子どもが天皇になった女御には、皇太后の位が贈られました。摂関政治が始まり、「源氏物語」の世界が展開してゆきました。後宮に王朝文化の華が開いたのです。了
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