「宇宙と宇宙をつなぐ数学」—IUT理論の衝撃—2023年4月4日 吉澤有介

加藤文元著、角川ソフィア文庫、令和5年2月刊
著者は、東工大名誉教授です。1968年生まれで、京都大学大学院理学研究所数学数理解析専攻で博士。九州大学大学院助手、京都大学大学院准教授などを経て、東京工業大学教授となり、2022年に退職しました。「物語 数学の歴史 正しさへの挑戦」、「数学する精神 増補版 正しさの創造、美しさの発見」(中公新書)、「数学の想像力 正しさの深層に何があるのか」(筑摩選書)など多くの著書があり、本書では八重洲本大賞を受賞しています。
本書は、京都大学数理解析研究所の望月新一教授が提唱した「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」の一般向けの解説書です。望月教授のこの理論は、これまで誰も解けなかった数学の難問「ABC予想」を解決したこともあって、2022年の「NHKスペシャル」に取り上げられ、大きな社会的反響を引き起こしました。論文は京都大学数理解析研究所が編集するジャーナル「PRIMS」に受理され、2021年の同誌に掲載されました。この「IUT理論」は、これ一つだけで整数論における多くの未解決問題を、一挙に解決してしまうほどの極めて影響力のある重要なものでした。著者は望月教授とほぼ同年で、京都大学でも親しく交際し、2005年からは二人だけのセミナーを続けて、この理論の成立に深く関与していました。
望月教授は、5歳のときに家族でアメリカに渡り、名門のハイスクールからプリンストンに入学して19歳で卒業、大学院で博士となって京都大学数理解析研究所に招かれ、32歳で教授になっていました。著者とは、いつも焼肉屋で熱い議論をしたそうです。「IUT理論」が極めて斬新のために、著者が講演や本書を通じて、その凄さを伝えることにしたのです。
とにかく「IUT理論」の難しさは格別です。現時点でも理解しているのは世界で数人との噂さがあるそうですから、とてもここでご紹介することなど、できるはずはありません。
ただその骨子は、「たし算とかけ算を分離して、お互いに独立のものとして別々に扱う」というものでした。従来の数学では、たし算とかけ算を別々に扱うことはできません。お互いに深く絡み合っています。「ABC予想」も、互いに素である自然数a、bを考え、両者を足したcと合わせて(a,b,c)をつくり、その三つの数の互いに異なる素因数を掛け合わせた積をdとおくと、そのdはだいたいcより大きい。ただし例外がごく僅かに存在する。それを数学的に証明するという問題でした。たし算とかけ算が絡んだことで問題を複雑にしていたのです。また自然数には不思議な性質がありました。1,2,3,4,5,—と続けて、何番目に素数がくるのか。それが現代でも未解決の難問なのです。これもかけ算の要素が隠れているためでした。
望月教授は、これまでの数学になかった全く新しいやり方を提案しました。たし算とかけ算を別の舞台で扱い、それぞれを別の数学としたのです。一つの宇宙の数学が持つ正則構造だけでなく、複数の宇宙を考えて、それらの間を航行したり、お互いの関係を考えたりします。国際的というようにこれを宇宙際と呼びました。そこに新しい柔軟性が生まれたのです。
著者はこの関係をさまざまなアナロジーで解説していますが、望月教授もさらにこれを一般向けにCG アニメで公開するそうです。数学は今やAIなどにも大きな役割を果たしています。日本発の宇宙際「IUT理論」のCGは、世界を一そう驚かすことでしょう。「了」

カテゴリー: サロンの話題 タグ: パーマリンク