「自然のしくみがわから地理学入門」2022年10月24日 吉澤有介

水野一晴著、角川ソフィア文庫、令和3年6月刊
著者は、京都大学大学院文学研究科理学専修教授です。1959年生まれ、名古屋大学文学部地理学専攻卒、北海道大学大学院で修士、東京都立大学大学院理学研究科地理学専攻科を修了しました。理学博士。専門は自然地理学で、「人間の営みがわかる地理学入門」(ペレ出版)、「気候変動で読む地球史」(NHKブックス)など多数の著書があります。
地理には自然地理学と人文地理学があります。自然地理は自然の営みを、人文地理は人の営みを理解する学問分野ですが、両者には密接な関係があります。自然は、世界や日本の歴史にも大きく関連していました。著者は、卒業論文を南アルプスで、修士論文を大雪山で、博士論文を北アルプスと中央アルプスで書きました。高山植生の立地環境を追ったのです。
その後も、ケニアの熱帯高山の氷河と高山植物の変遷と取り組み20年間の推移を調べた論文は、オクスフォード大学の生態学教科書に掲載されました。キーワードは氷河。
本書では、東京など身近にみる平野の地形や山や海の地形から、日本列島の過去の氷河や火山活動、断層の働きなどを、調査した体験談を交えてわかりやすく解説しています。
日本周辺の北アメリカ、ユーラシア、フィリッピン海という三つのプレートが、富士山の場所で会合しています。地球上でこのような特異な場所はここしかありません。地球上でただ一つの場所に、富士山が誕生したのです。またフォッサマグナで知られる糸魚川・静岡構造線の諏訪湖のあたりを起点として、中央構造線が西南日本のほぼ中央を縦断しています。長野県大鹿村には、中央構造線博物館があって、安康露頭などを観察することができます。
1979年10月28日(日)御嶽山が噴火して63名の登山者が遭難しました。御嶽山はそれまで富士山よりも噴火しそうもない、死火山とされていたのです。このため死火山や休火山という分類は意味がなくなり、活火山という言葉だけが使用されることになりました。
1991年の雲仙普賢岳の噴火でも、43名の犠牲者が出ています。著者には辛い思い出がありました。東京都立大学の地理学教室は、大挙して現地を調査しましたが、同僚のアメリカ人火山学者のハリーは、以前にセント・ヘレンズで仲間を失い、火山の恐ろしさを実体験していたため、ただ一人、教室に残っていました。研究室の全員が東京に戻ってきたとき、彼は、旧知の世界的火山研究者のクラフト夫妻に案内を頼まれ、気が進まないまま現地に向かいました。そこに再度の大爆発があり、一行は戻ってきませんでした。彼は33才でした。
ヨーロッパの植物種は極めて単調です。北部の森林では、針葉樹が3種しかありません。広葉樹でもナラ、ブナ、カンバ合わせて6種だけで、日本とは大違いです。最終氷期の時代に、避難のため南下した森は、アルプスに阻まれて、多くの樹種が消滅したのです。日本に残ったイチョウの情報でシーボルトが来日し、歴史に大きな足跡を遺しました。多くの標本を持ち帰りましたが、アジサイはその一つです。樹種の多さが日本の紅葉美の決め手でした。
ウクライナでは、草原で土壌動物が働いて腐植をつくり、土が黒い「黒土地帯」を形成して世界の穀倉になりました。砂漠の成因もさまざまです。地理学は、世界を知るまたとない手がかりを教えてくれます。本書は、高校地理の格好の手引きになっていました。「了」

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