「ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした」2022年11月4日 吉澤有介

マーク・ボイル著、吉田奈緒子訳、紀伊国屋書店2021年11月刊
著者は、1979年アイルランド生まれ、大学でビジネスを学んで英国に渡り、29才から3年間、全くおカネを使わずに暮らしました。現在は、アイルランドの西部にある農場に、自分で建てた小屋で、近代的テクノロジーを使わない自給自足の生活を送っています。前著「ぼくはお金を使わずに生きることにした」は世界で大きな反響を呼びました。
著者はイングランドで、この世界が待ったなしの気候変動危機やコミュニテイ崩壊に直面する中で、持続可能な地球を取り戻すために、自分自身の生き方を見直し、無銭経済運動を創始しました、当初は1年間の実験のつもりでしたが、「カネなし生活」の豊かさにはまり、結局3年間その暮らしを続けました。その哲学と生活の知恵は、2冊の著書となって評判になり、世界の20ケ国に翻訳されています。その後、著者は無性にアイルランドに帰りたくなりました。同郷人が、あの緑の文化が懐かしくなったのです。
2013年、故郷アイルランドの南西、大西洋に浮かぶブラスケット島に、5年間無人だった1,2haの小農場を印税で購入しました。良質の農地とは程遠い半野生の土地でしたが、著者にはまさに楽園でした。小径を行けば湧き水があり、近くの森で薪を集めることもできます。残っていたファームハウスを修繕・改築し、新しくナッツの木をたくさん植えました。鶏小屋を建て、畑を耕して、屋外にトイレの小屋もつくりました。コンポストトイレで、村の製材所にもらったオガクズに混ぜて、堆肥にしました。自分のウンコもお宝なのです。
最初の1年が過ぎたころ、恋人のカーステイが移り住んできました。英国で著者が「「野生の経済学」の集中講座をしたときに知り合い、意気投合したのです。そこで新しく小屋を建てることにしました。もう一度、生きている実感を取り戻したい。電気も、冷蔵庫も、時計も、水道も、ガスも、テクノロジーを全く使わない生活を目指そう。彼女も同じ想いでした。すべてが手仕事の3カ月で、ついに小屋が完成しました。午後11時、最後のメールチェックをして、携帯電話の電源を切りました。文明世界からプラグを抜いたのです。へとへとに疲れたまま二人は決意しました。とにかく1年間、やってみよう。これまで住んだファームハウスは、そのまま無料宿泊所にしました。8人は泊まれます。鍵は一切ありません。
まず時間を時計から解放しました。以前に太陽の位置で時刻を当てる特技はありましたが、今は村の人たちの動きで、おおよその時刻がわかればよい。人間のつくった時計時間を抜け出して、数字にとらわれない、あるがまま生きてみたいと願いました。小屋では摩擦棒を使って火を起こします。廃材で手作りしたストーブに鍋で湯を沸かし、食後の皿洗いには焚火の灰が役立ちました。灰は林に戻します。無料宿泊所は、最後のメールで知らせた友人たちや、近所の人で賑わいました。もぐりのパブは満員です。住み着いた人までいました。
「ガーデアン」の編集者から執筆依頼の手紙が届きましたが、手書きで返事したままです。文明の利器をそぎ落して、四季の移ろいに沿って生きている姿を見たいという読者がいました。著者らの、周囲の自然と溶け合った暮らしは、今なお静かに続いています。「了」

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