「砂と人類」-ヴインス・バイザー著 2022年1月5日 吉澤有介

いかにして砂が文明を変容させたか

         藤崎百合訳、草思社2020年3月刊       

 著者は、カリフォルニア大学出身のジャーナリストで、ニューヨークタイムズなど多くの雑誌や新聞に寄稿しています。技術や社会問題に造詣が深く、中東問題も研究していました。

 本書の主役は「砂」です。どこにでもあって、誰もそれなしでは生きてゆけないのに、誰も顧みない。しかしそれは現代文明の土台であって、世界で最も重要な固体なのです。今日の私たちの生活は、砂に依存しています。目に映るすべてのコンクリートの建物やガラス窓も、道路も信号も、スマホのチップに至るまで、数え挙げればきりがありません。

 ところが今、その砂がまさに尽きようとしているのです。世界の都市化が進み、現代生活が豊かになるにつれて、砂の消費量は激増しているのに、利用できる砂の量は限られています。砂といえば砂漠を思い浮かべますが、砂漠の砂は建設向きではありません。風に当たって砂粒が丸くなっているので、粒同士がかみ合わず、残念ながら骨材には使えないのです。

 いま世界中の川底や海岸から、貴重な砂粒が剥ぎ取られ、農地や森林が破壊されています。

違法採取が横行して、美しいビーチが丸ごと盗まれ、川底に深い穴ができて流れが変わり、各地で大洪水を引き起こしました。さらに近年は、アメリカの原油と天然ガスの採掘に、多量の砂粒を高圧で打ち込むフラッキング法が盛んで、砂の需要を急増させて問題を加速させています。川や海の生態系は無残に破壊され、環境に深刻な影響を及ぼしているのです。

砂の主成分は石英で、何億年もかけた侵食作用で砂粒になりました。人類による、砂の利用は古く、BC3世紀の古代ローマ人のコンクリートは、画期的な技術でした。ナポリの近くで天然セメントが発見されると、砂を骨材にして、馬の毛や動物の脂肪を混ぜて劣化を防ぐコンクリート技術を確立したのです。帝国全土の橋や道路、水道に巨大な劇場などを建設しました。しかしローマが滅亡するとその技術は忘れられ、千年あまりが過ぎてゆきました。

コンクリートを復活させたのは、イギリスの職人たちでした。1824年ポルトランドセメントの発明によって、多くの技術者がコンクリートに挑戦し、鉄筋を入れる補強方法で、新しい建築への道が開けました。しかし石工やレンガ職人たちの猛反対があって、実用化が進みません。状況が一変したのは、1906年のサンフランシスコ大地震でした。鉄筋コンクリートの性能が見事に実証されて、近代都市へと進展していったのです。なお、現代のコンクリートには、鉄筋の腐植による寿命の問題があります。延命技術の開発が急務でしょう。

砂はまた、ガラスという奇跡の物質をつくり出しました。望遠鏡や顕微鏡のレンズは科学革命を起こし、窓ガラスやビン類は人びとの生活を一変させました。さらにガラス繊維は電子基板を支え、シリコンチップや光ファイバーはデジタル時代を拓きました。FRPもプラスチックの用途を一気に拡大しています。それらを生産する高純度石英は、建設用の砂より一段と貴重な資源で、しかも偏在しているので、産地は秘密のウェールに包まれています。

一方、人類は太古以来、砂漠の脅威と闘ってきました。近年の気候変動で、砂漠は一そう拡大しています。中国・国家林業局による緑の長城作戦も、評価はまだ定まっていません。

砂は、文明の未来を左右します。全世界に砂資源保全が求められる所以なのです。「了」

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