「関さんの森の奇跡」関 啓子著、新評論2020年1月刊 2021年12月23日吉澤有介

—市民が育む里山が地域を救う—

著者は、一ツ橋大学大学院で社会学を専攻しました。教育思想史、比較教育学から環境教育に進み、現在は一ツ橋大学名誉教授。生きものの魅力と、自然保護に献身する人びとの姿を伝える、ノンフィクション作家活動を行っています。趣味はアムールトラで、「トラ学のすすめ—アムールトラが教える地球環境の危機」三冬社2018年などの著書があります。

本書では、松戸市幸谷にある著者の生家、2,1haの森が主人公です。関家は、江戸時代に代々名主をつとめた旧家で、里山的な風景の屋敷林と庭、農園、梅林、湧水池などがあり、本格的な生態系調査で、都市部にありながら豊かで貴重な生物多様性が立証されました。

生涯学習としての自然観察会や、小学生などの自然探検の場として、毎年多くの人びとが訪れて、五感を通じての動植物との感動的な触れ合いを体験しています。環境保護で著名なレスター・ブラウン博士も訪れて、この「関さんの森」を高く評価しました。里山の春はうららかです。ウメに続いて河津サクラ、ソメイヨシノにヤマザクラへとリレーして、ボケやレンギョウ、ジンチョウゲの開花が続きます。自生しているカントウタンポポは、専門家を驚かせました。リスは遊び、トリたちもにぎやかで、キジが鳴き、フクロウもいます。ケヤキやクヌギに囲まれた広場もあり、地質学者であった父は、すべてを開放していました。

しかし、その父が母を追って1994年に亡くなると、莫大な相続税がのしかかってきました。屋敷林を残すために、公益財団への寄付を考えましたが、千葉県では引き受け手がなく、埼玉県の財団がようやく手を挙げて、幸いにも森を残すことができました。財団は地元有志による保全活動を勧め、ここで「関さんの森を育む会」が誕生しました。自然が好きなメンバーが、続々と集まり、作業班の活動が始まりました。増えすぎた竹を伐って斜面に土止めをつくり、湿地には木道を通して、遊歩道やベンチを整備し、ビオトープもつくりました。深い森に囲まれた子ども広場では、コカリナ演奏や、「東葛合唱団はるかぜ」によるコンサートも開かれ、ミュージカルまで生まれています。「育む会」は会報を発行して、活発な情報発信を行いました。海外からも多くの研究者が訪れ、シンポジュームも盛んになりました。

ところがここに大きな事件が起きたのです。突然に行政が土地収用法に基づく強制収用の手続きを開始しました。50年前の都市計画道路を、急遽実行することに決まったというのです。それは「関さんの森」を縦断し、歴史ある屋敷や林地を丸ごと破壊する計画でした。公共性と称しながら、強引な開発計画も含まれていました。その凄まじい公権力に、「育む会」は力を合わせて立ち向かいました。自然を壊さず安全な道路をつくる、代案を提示したのです。屋敷林の外側をわずかに迂回する。そのための土地も提供するというものでした。

しかし行政は全く聞き入れません。それでも市民団体は粘りました。東工大の中村良夫名誉教授や多くの専門家の皆さんの力強い支援もあって、ついに11年間にわたる壮絶な闘いは終わりました。行政がようやく迂回案を呑んだのです。道路から森を見る新しい景観が生まれ、江戸時代の三つの倉の古文書や民具は、「エコミュージアム」の拠点になりました。

都市部に緑地を残す「育む会」の願いは叶えられました。奇跡が起こったのです。「了」

カテゴリー: サロンの話題 パーマリンク