「ポスト・ヒューマニズム」岡本裕一朗著、2021年12月12日 吉澤有介

テクノロジー時代の哲学入門

NHK出版新書、2021年10月刊

著者は、九州大学大学院文学研究科で哲学・倫理学を専攻した哲学者です。「いま世界の哲学者が考えていること」(ダイアモンド社)など、多数の著書があります。

21世紀に入って、ポスト・ヒューマニズムという論点が大きな話題になってきました。現在、飛躍的に進展している情報テクノロジーやバイオ・テクノロジーは、私たちを否応なく「ポスト・ヒューマン化」しつつあります。AIやゲノム編集は、生物種としての「人間」を「進化」の岐路に立たせ、さらに最近は「人新世」という概念が登場しています。人間の営みが、地球環境や生態系に、はかり知れない影響を及ぼしているからです。

ヒューマニズムは、14世紀のルネッサンス以来の長い間、近代を支配してきた思想です。

「神」を中心とした中世から「人間」を中心とする時代への転換を示して、理性を備えた人間が、万物の霊長として世界を支配するという世界認識が基本にありました。これまで神に与えられていた役割が、人間に移ったのです。しかし、万物の尺度とされてきた「人間」が、現代ではもはや中心的役割を持たないばかりか、その消滅さえもテーマになっています。

AIが人間の知能を超える「特異点」に達すれば、機械が人間を支配し、バイオ・テクノロジーで、人間の心がつくられると、ホモ・サピエンスは消え去り、人間の歴史は終わるのです。人間中心主義的活動によって、生態学的危機が来るならば、「人間中心主義」を改めるか、人類が消えるしかありません。ヒューマニズムに代わる思想はあるのでしょうか。

ポスト・ヒューマニズムは、すでに19世紀末、ニーチエが予告していました。次の200年で、ニヒリズムが到来する。神が死んで、絶対的な根拠がなくなり、それまで至高の価値とされていた「真・善・美」が、その価値をはく奪されるというのです。フーコーはそれを受けて、次は「人間」という概念が消滅するだろうと述べました。F・フクヤマも2002年に「人間の終わり」を著して、バイオ・テクノロジーに警告しています。あのホーキング博士も、AIで人類が終わるといいました。ついに「人間の消滅」が現実化してきたのです。

すでに現実社会では、シニズム(冷笑的、嘲笑的)傾向が出てきました。明確な論拠に立って相手を批判するという人間的態度でなく、情動にまかせて動物的に反応するのです。

人間は、「生まれてこないほうが良かった」という「反出生主義」も注目されています。

18世紀にカントが打ち出した、人間の尊厳が揺らいできたのです。また資本主義も問題を助長しています。利益を求める体質は環境を破壊し、人類の雑滅をも招きかねないのです。

現在の若い哲学者たちは、「思弁的実在論」、「加速主義」、「新実在論」などの新たな思想を提唱し、未来への展望を描き出そうとしています。これまでの著書の出版ではなく、ネットが論争の舞台になりました。「脱人間化」で人間が動物になって欲望は加速し、民主主義を拒否して自由を擁護したり、人種の問題を「生物工学」で捕らえる動きも出ています。

ポスト資本主義では、テクノロジーの進化が大前提になり、完全な自動化は労働倫理を覆して、ベーシック・インカムも視野に入ります。M・ガブリエルは、「道徳的資本主義」を唱えました。コロナ・パンデミック下で、「ポスト近代」への模索が続いています。「了」

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