「京大式へんな生き物の授業」神川龍馬著、朝日新書、2021年3月刊 2021年9月23日 吉澤有介

著者は、京都大学農学部を卒業、同大学院農学研究科博士課程を修了し、カナダ・ダルハウジー大学の客員研究員を経て、現在は京都大学農学研究科准教授です。主な研究領域は、海洋における真核微生物の多様性で、多くの受賞歴があります。

地球には、目に見えない無数の微生物、単細胞の生き物が溢れています。一方人間は、大きな腦を持ち、複雑な機能を備えて生命を維持して繁栄しているので、高等な生物とみられています。しかし人間は、単細胞の生き物より特別高等というわけではありません。単細胞のほうが、人間の細胞よりも複雑で多様な生き方をしているものがたくさんいるのです。

20世紀の前半、地球の生き物を二つに分ける考え方が提案されました。真核生物と原核生物です。生き物の最小単位は細胞ですが、人間などの細胞の中には、たくさんの小部屋があります。オルガネラや細胞小器官と呼ばれ、それぞれに役割がありますが、中でも特に大切な「核」を持つものを真核生物といいます。核とは、全遺伝情報ゲノムが格納されている資料室といってよいでしょう。この真核生物には、動物も植物もキノコも、目に見える生き物のほとんどが入ります。一方、目に見えない大腸菌などでは、細胞内に小部屋はなく核もありません。ゲノムはある塊、核様体として存在します。そのような生き物を原核生物と呼ぶことにしたのです。しかしその原核生物にも、二つのタイプがあることが発見されました。真正細菌と古細菌です。古細菌は原始地球のような極限状態でみつかりました。すべての生き物は、真核生物、真正細菌、古細菌の3ドメイン仮説が学会の主流になったのです。

ところがその古細菌にも、真核生物に近いものが見つかり、また話がややこしくなってきました。単細胞でも、真核生物である微生物が多いことも、藻類などからわかっています。

系統樹が書き直され、ヒトなどのすべての動物は、真菌類のカビの仲間に近いということが確認されました。つまり真核微生物が原始的なわけでもなく、人間などの多細胞生物が高等な生き物でもない。すべての生き物は、同じ時代を共に生きている同級生なのです。

人間の体内にいる人間以外の細胞の数は、自分の細胞の100倍以上もいます。人間は彼らの働きなしでは生きてゆけません。その一つは腸内微生物で、腸内には真正細菌もいれば古細菌もいます。真正細菌が食べ物を分解して水素を出し、それを古細菌がエネルギーにしてメタンガスを放出します。皮膚にもさまざまな微生物がいて、外敵を防いでいます。私たち生き物の周りは微生物だらけで、生き物はみな微生物の世界に住んでいるのです。

光合成は、原核生物のシアノバクテリアが、光のエネルギーを細胞内で利用可能な物質に変換し、その過程で酸素を出したことに始まりました。光合成しない生き物でも、光合成する生き物と共生して、その恩恵を受けているものがたくさんいます。彼らの中には、硫化ジメチルを発生させて雲をつくるものもいました。気温の上昇を抑えているのです。「ハテナ」という謎の生物がいます。葉緑体の取り込み方が半端でした。光合成をやめた生物もいます。マラリア原虫もその一つで、細胞内からミサイルを発射して、他の動物の細胞に打ち込みます。進化は偶然に起こります。単細胞の世界は、底知れぬナゾに満ちていました。「了」

カテゴリー: サロンの話題 パーマリンク