「ウンチ化石学入門」泉賢太郎著 2021年6月29日 吉澤有介

集英社インターナショナル新書、2021年4月刊

著者は気鋭の古生物学者です。東京大学大学院理学系研究科で、地球惑星学を専攻した千葉大学教育学部准教授。専門は生痕化石に記録された古生態の研究で、別名「ウンチ化石ハカセ」として知られています。「生痕化石」とは、太古の生物の足跡、巣穴、糞などが化石になったもので、恐竜の骨格などの化石にくらべると、イメージはかなり地味ですが、著者はその研究から生物の歴史、地球の歴史、そして宇宙の未来までが見えてくるといいます。

古生物の行動の痕跡である生痕化石は、生物の遺骸そのものではありませんが、古生物の行動や生態を復元できるという重要な特性があります。それを作った生物を特定できるとは限りません。しかし体化石と呼ばれる遺骸があまり産出しないカンブリア紀(約5億4千年前~4億8千年前の地質時代)などの地層でも、数多くの生痕化石を見ることがあるので、生物の大量絶滅後の地層堆積環境を知る大きな手掛かりにもなっているのです。

具体例を挙げると、主要なものでは恐竜などの足跡の化石、ゴカイやナマコ、ユムシなどの無脊椎動物の這い跡の化石、その巣穴がそのまま地層の中に保存されたものなどですが、何といっても興味深いのは彼らの糞の化石、すなわち「ウンチ化石」です。著者が研究のメインテーマとしたものでした。とにかく世界的にも研究者が極端に少ない。近年はウンチのマンガが大人気ですが、ウンチの化石となると、本書がおそらく最初の著作でしょう。

脊椎動物のウンチと無脊椎動物のウンチでは、化石になるプロセスが異なります。脊椎動物のウンチ化石は、微生物によって鉱物化した燐灰石という鉱物が主成分で、硬くて保存状態も良好です。一方海棲無脊椎動物のウンチなどは、堆積物の中から有機物を吸収した後に排泄した砂泥です。多くは波や潮流で崩れてしまいますが、海底に掘った巣穴の中に排泄されたものが、そのまま巣穴とともに地層に化石として保存されているのです。

これまで様々なウンチ化石が発見されています。ネイチャー誌に発表されたカナダのテイラノサウルスのウンチ化石は、長さ44センチで幅は15センチもあったそうです。その薄片を偏光顕微鏡で調べたら、他の脊椎動物の骨の化石がありました。肉食の証拠ですが、さらに動物の筋肉組織が保存されていた例もあったそうです。ウンチが酸素を遮断した良好な化石保存場所として機能していたのです。一般にウンチ化石の「主」を特定することは、非常に難しいことですが、ウンチ化石の中身を調べれば、ウンチの「主」の食事メニューがわかります。太古の生態系における食物連鎖の構造を推定できるのです。著者自身も最近の調査で、富山県内から海棲爬虫類の首長竜のものと推定されるウンチ化石を発見し、薄片を観察したら魚の鱗と思われる構造が見つかり、現在化学分析などの研究を進めています。

またサメの歯型のついたワニのウンチ化石が、約1500万年前のアメリカ東海岸で発見されました。歯形つきのウンチ化石が地層に残ったということは、サメが嚙みついたときには、まだこのウンチがワニの体内にあったらしいのです。何という楽しい仮説でしょう。

化石を理解するには、今生きている生きものを知らなければなりません。著者は、動物園でウンチの計測も行っています。過去と現在は、宇宙の未来にも通じているのです。「了」

カテゴリー: サロンの話題 パーマリンク