「働かないアリに意義がある」長谷川英佑著 2021年4月20日 吉澤有介

社会性昆虫の最新知見に学ぶ、集団と個の快適な関係

メデアファクトリー新書、2010年12月刊

著者は進化生物学者です。北海道大学大学院准教授として、動物生態学研究室で、観察、理論解析とDNA解析を駆使して、主に真社会性生物の進化生物の研究を行っています。

生き物には、群をつくって行動したり、同じ場所に棲みついたりする、様々な社会的な集団が見られますが、生物学では、その中でもさらに特殊な集団構成をもつものを「真社会性生物」として、他の集団から区別しています。ハチやアリが良い例ですが、女王を中心に集団生活を営み、繁殖を専門にする個体と、労働を専門にするワーカーがコロニーをつくっていて、個体の上に階層組織があるために、実に複雑怪奇な現象が起こっているのです。

生物進化の大原則は、「子どもを多く残せる、ある性質をもった個体が子孫を増やし、生き残ってゆく」といいます。しかし、真社会性生物のワーカーは、子どもを生まないメスなので、子孫を増やすという法則に合いません。この謎にはダーウィンも悩んでいました。

アリはよく働き者の代表とみられてきました。ところが巣を丸ごと飼育して観察すると、巣の中の働きアリの7割ほどが、ある瞬間「何もしていない」ことが実証されました。個体識別をして継続観察した結果でも、殆ど働かない働きアリがいたのです。最近著者らの行ったシワクシケアリの研究でも、1カ月以上の観察で約2割が、全く働いていないことを確認しています。彼女らはエサ集めに、幼虫や女王の世話や巣の修理など、コロニーの維持に必要な労働は一切せず、ただぼうっとして自分の身体を舐めていました。単なる怠け者なのでしょうか。それでコロニーは維持されてゆくのかは、社会生理学上の問題となっていました。

ハーバード大学の研究グループは、兵隊アリをもつオオズアリについて、働きアリと兵隊アリの働き方を調べました。兵隊アリとは、大型の働きアリですが、ある比率で働きアリが多いと兵隊アリは仕事をせず、働きアリが少なくなると、通常は働きアリがやっていた子育てなどの仕事を始めました。つまり働く必要がないので、仕事をしなかったのです。

著者らも、働きアリの中でもすぐ仕事にかかる腰の軽い個体と、手が足りなくなってからようやく仕事にとりかかる個体がいることを確認しています。この反応の度合いは、ミツバチでも見られました。ミツバチのコロニーには、女王は1匹しかいませんが、その女王は20匹以上のオスと交尾しています。コロニーにいる数万匹のワーカーは、母は同じでも父は違っている可能性があるので、父系を辿ってゆくとワーカーの腰の軽さの違いがわかりました。働かないワーカーは遺伝的存在だったのです。なぜその必要があったのでしょうか。

コロニーには、日常さまざまな仕事がありますが、ときには環境の変化などで予測不可能な仕事が突発することもあります。人間社会なら上司が、素早く部下を動員しますが、アリやハチに上司はいません。ところがコロニーには多様なワーカーがいて、仕事の繁閑にごく自然に対応していました。一律に働くばかりでは、過労死することもあります。みんなが疲れては社会が続きません。規格外がいたほうが良い。ノロマのおバカさんが道に迷って、思わぬエサを見つけることもあります。お母さんが多情だったことで、多様な個性を持つ一族が繁栄していました。働かないアリやハチにも、立派な存在意義があったのです。「了」

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