「菌類が世界を救う」—キノコ・カビ・酵母たちの驚異の能力— 2023年2月12日 吉澤有介

マーリン・シェルドレイク著、鍛原多恵子訳、河出書房新社、2022年1月刊
著者は、イギリスの生物学者です。ケンブリッジ大学植物科学部で学び、熱帯生態学で学位を取得しました。植物学、微生物学、生態学、科学史、科学哲学などを研究しています。
本書は、2021年の王立協会科学図書賞を受賞し、国際的ベストセラーになりました。
菌類は、10憶年以上にわたって、地球上のあらゆるものを支えてきました。菌類は、植物界、動物界とは別に菌類界を構成し、植物は菌類の助けを借りて約5憶年前に陸に上がったのです。その植物の9割以上が菌根菌に依存しています。菌類は感覚に優れ、腦がないのに菌糸の先端からの指令を受けて多様なデータを統合し、最適な成長方向を定めます。活動的な電機信号伝達システムが、腦のような振る舞いを見せているのです。生命史上初のネットワークを形成しました。世界最大の生命体は、ナラタケ類のネットワークで、重さは数百トン、10平方キロメートルに広がり、2000~8000年も生きているといわれています。
また地衣類は、地表のいたるところに棲み、岩石を風化させて土壌をつくり、新たな生態系を生み出します。あらゆる過酷な環境に耐え、宇宙でも生存できた最強の生物です。その秘密は、全く異なる種である菌類と藻類が共生して、相互に養分を交換する複合体にありました。共生は、進化の重要な局面で異なる生物どうしが合体したという仮説は、後のミトコンドリアなどの細胞内共生として、20世紀進化生物学の最大の成果の一つとなりました。
熱帯雨林では、ポイリアが乳白色の葉緑素を持たない植物で、光合成なして生きています。共有する菌根ネットワークに全面的に依存して、他の植物から炭素を受け取っていたのです。炭素は菌根ネットワークを通じて植物間を移動していました。何キロメートルにも及ぶウッド・ワイド・ウェブを形成しているのです。この知見は、近代のネットワーク・サイエンスの発展と重なり、映画「アバター」が登場しました。植物より菌類が主役なのです。
菌類は生態系の危機を何度も生き抜いてきました。白色腐朽菌は木材に含まれるリグニンを分解します。ラデイカル化学で知られるペルオキシダーゼの働きで、地球上の炭素の循環を変えてきました。シロアリは木材を食べますが、自分で消化するのではなく、白色腐朽菌を体内に育てて、リグニンを消化してもらっているのです。シロアリの技術は、古くから人々の暮らしを支えてきました。アリ塚の土を食べたり、傷口に塗ったりしました。アリ塚が抗生物質を作っていたのです。菌類は分解者だけでなく、創造者でもありました。
ある種のマッシュルームは、リチュウム電池の黒鉛の代替物として有望です。外科医は皮膚の治療にも使っています。菌糸体からは、各種の建材や包装材ができていました。NASAは月面の基地に検討しています。ダメージを受けても自己修復し、使用後は自然分解します。建物全体を菌糸体で建設する計画もあります。木材腐朽菌は、多くの抗ウィルス化合物をつくります。ミツバチがウィルスに感染する蜂群崩壊症候群を救う可能性も出てきました。
酵母は、人類に最も親しまれてきた菌類です。今はインスリンからワクチン、バイオ燃料まで、多くのバイオテクノロジーのツールになっています。菌類が世界を救うのです。「了」

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