「禁断の進化史」—人類は本当に「賢い」のか— 2023年2月25日 吉澤有介

更科 功著、NHK出版新書、2022年12月刊
著者は、1961年東京都生まれ、東京大学教養学部基礎科学科卒。民間企業を経て母校大学院理学系研究科博士課程を修了しました。専攻は分子古生物学。現在は武蔵野美術大学教授。東京大学非常勤講師で、人類史や進化論についての多数の著書があります。
地球上には様々な生物が生きています。私たちヒトも、その霊長類の中の一種です。現在知られている最古の霊長類は、ネズミほどに小さな哺乳類で、恐竜が絶滅した直後の約6590万年前の地層に化石が見つかっています。当時の哺乳類の多くが、昆虫をかみ砕くための長く尖った歯を持っていたのに対して、プルガトリウスという初期の霊長類は、果物などをすり潰すに適した、短くて丸い歯を持っていました。樹上生活をしていたとみられます。
果実をつける広葉樹が増えたこともあって、樹上生活に適応して類人猿の祖先となってゆきました。果実をみつけるために色覚が発達し、木の枝を掴むために両眼で遠近感を捉えました。落ちないように指は柔らかく、指紋も発達しました。木の上を移動するために、木の力学的性質を理解し、寝床をつくって眠りの質を高めました。安全な樹上での長くて深い睡眠は、記憶を定着させて思考能力を高めます。樹上の果実食で知性が育ったのです。
人類は、700万年前頃に類人猿と分かれて、独自に進化してゆきました。人類に共通する特徴は、直立二足歩行です。しかし初期の人類は、下半身は歩行できても、上半身は木登りに対する適応を200万年前まで残して、知能も類人猿とさほど違いませんでした。大きく変わったのは、250万年前に出現したホモ・ハビリスからで、肉食が引き金になったらしい。同時に石器も普及して、日常的に肉を食べ、腦が大きくなりました。私たちヒトの腦は、体重の2%ほどですが、消費するエネルギーは25%にも達します。高カロリーの食事をしないと、腦は大きくなりません。約200万年に現れたホモ・エレクトウスは、両手で食物を運び、火を使って調理して一夫一婦の家族が生まれ、大きな群での社会的交流が始まりました。
進化には、「自然淘汰」と「遺伝的浮動」、「突然変異」に「遺伝子交流」があり、すべての生物の「形態と活動」に作用することが知られています。一方、腦は「形態と活動」によって、「意識」を生み出しました。私たちが生きていることを実感するのは「意識」です。しかし私たちの日常生活では、呼吸や消化などの内臓の働き、歩き方など、ほとんど意識しないで生きています。素早い正確な行動や、サヴァン症候群の天才などには、意識がかえって邪魔になることもあります。子孫を多く残すためにも、意識は常に有利な選択をするとは限りません。デカルトは、精神と肉体は別のもので、相互作用をしていると考えました。しかし私たちの意識は、なぜかいつも一つのものに統合されています(統合情報理論仮説)
腦の働きをみると、ニューロンの数は大脳より小脳に4倍も多くありますが、小脳が欠損しても意識は変わりませんでした。睡眠中もニューロンは、レム睡眠でもノンレム睡眠でも同じように活動しています。植物人間になった人にも、意識があることがわかりました。身体が動けないだけなのです。仮死状態から意識が戻った事例もあります。どうやら意識は、生きるために生まれて、意識を持ち続けるように進化しているのかも知れません。「了」

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