「デジタル時代のアーカイブ系譜学」2023年2月1日 吉澤有介

柳与志夫監修、加藤諭・宮本隆史編、みすず書房、2022年12月刊
監修者は、1954年生まれ、慶応大学文学部出身で東京大学大学院情報学環特任教授です。専門はデジタルアーカイブ論。著書「デジタルアーカイブの理論と政策、デジタル文化資源の活用に向けて」(勁草書房2020年)は、デジタルアーカイブ学会学術賞を受けています。
編者は、東北大学学術資源研究公開センター准教授と、大阪大学大学院人文学研究科講師。
現代人の生活のさまざまな局面で、アーカイブが語られるようになってきました。デジタル技術が社会基盤となって、デジタル化されたテキスト、音声、映像などの「コンテンツ」が、急激に増えてきたからです。2017年5月には、デジタルアーカイブ学会が設立され、「よきデジタルアーカイブの構築・発展」を目指しています。またその理論的枠組みを構築するために、学会の中堅・若手の研究者が集まって、デジタルアーカイブ理論研究会が発足しました。本書は、それぞれ専門を異にする研究者11名による、熱気あふれる論集です。
理論研究会では、まず「デジタルアーカイブ」の定義が議論されました。アーカイブは、これまで「文書館」を訳語にしていましたが、アーカイブズ学では「個人または組織が、その活動の中で作成または収受し蓄積した記録のうち、組織運営上、研究上その他さまざまな利用価値のゆえに永続的に保存されるもの」で、そのための施設(文書館、公文書館、史料館など)をアーカイブズとしてきました。それがデジタル化された雪崩のようなコンテンツを受けて、デジタル・データを含む情報の集積を指すものに変わりつつあります。
デジタルアーカイブという用語は和製英語で、工学者の月尾嘉男らが用い、古代ギリシャ以来の「利用可能な知の蓄積」と捉えて急速に普及してゆきました。技術論、メデア論や情報・知識の思想的議論などの多様な系譜が含まれて、その源流も実にさまざまです。一方で、デジタルアーカイブという用語は、文化政策とも接合してゆきました。文化財保護の国際協力も視野に入れて、官民挙げての「デジタルアーカイブ推進協議会」(JDAA)が設置され、平山郁夫が会長になりました。「有形・無形の文化資産をデジタル化し、データベースとして保管して、随時閲覧・鑑賞し、情報ネットワークを利用して情報発信する」ことを目指しています。2011年の東日本大震災は、デジタルアーカイブ概念を一そう拡張しました。
デジタル時代となって、これまでの研究者の蔵書や資料も、デジタルアーカイブ化されてゆきます。夏目漱石の「漱石文庫」、牧野富太郎の標本資料などです。祭りのような伝統的な営みや、サブカルチャーのマンガやアニメ、ゲームや「おたく」文化までが、データベース化されてゆきました。アーカイブの異種混交性についての議論が今も続いています。
アーカイブは、これまで自明とされていた公共性を、問い直すことになりました。社会的・法的側面もあります。グーグルやユーチューブなどもデジタルアーカイブなのか、何を遺し、何を削除するのか、SNS上にアップした個人の写真までがウェブに拡散して残ってしまう危険もあります。デジタルアーカイブの「要件」は何か。また情報の「集積」とは何かが問われているのです。社会を構成する、新たな装置が立ち現れたという議論は新鮮でした。「了」

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