「年輪で読む世界史」 2023年1月15日 吉澤有介

バレリー・トロエ著、佐野弘好訳、築地書館、2021年7月刊
著者は、ベルギー生まれ、ヘント大学大学院で環境工学を学んだ年輪科学者で、ペンシルベニア州立大学博士研究員を経て、現在はアリゾナ大学年輪研究室(LTRR)准教授。年輪による過去の気候と生態系、人類社会への影響研究の世界第一人者です。
アリゾナは、年輪年代学の発祥の地です。ハーバード大学出身の天文学者A・Eダクラスが、この砂漠に建設されたローウェル天文台で、火星の研究をしていましたが、やがてアリゾナ大学に移り、年輪年代学という新しい科学の一分野を創出した経緯がありました。
彼は、材木置場から切株を集め、樹木の年輪から過去の太陽活動の周期性を追跡できると考えました。年ごとの樹木の成長は、年輪の幅で決まり、それはその年の降水量を示しているのではないか。古樹から得られた年輪のデータは、過去の太陽放射エネルギーの変動を示しているはずです。ダクラスは、この着想をもとに、アリゾナ州からポンデローサマツの試料を集め、年輪時系列でAC1463年まで遡る、450年間の周期変動を捉えたのです。
彼はさらに、古代の遺跡から発掘された木材や木炭の年輪を、現生の長寿の樹木の年輪と重ね合わせて、共通年代をつなぐ方法を確立し、AC700年まで遡ることに成功しました。放射性炭素同位体の測定法では、年代の範囲はわかりますが、年輪は、はるかに正確にその実際の年まで確認できるのです。年輪年代学は一気に開花して、LTRRが開設されました。
著者は、世界各地の長寿木を調査しました。年輪の測定は、標本抜き取り器を使います。ドリルで中空のパイプを、樹芯まで通して試料を採集するので、樹木を損傷しません。北米での樹齢は5千年以上でしたが、ヨーロッパでは千年程度でした。それでも低湿地や沼地などの半化石ブナの年輪から、BC1644年までの気候変動を捉えることができました。
年輪年代学はさまざまな歴史を明らかにしました。ストラデイヴァリ製作のバイオリンの名器「メシア」の真贋が問われたとき、材料を鑑定して1724年の本物と証明しました。
ローマ帝国の時代は気候温暖でしたが、AC250年頃から300年間にわたり低温と旱魃の不安定な気候が訪れました。農業生産は低迷し、異民族が侵入してきました。その異民族も、旱魃に困窮した西からのフン族に追われていたのです。放棄された農地と森林伐採で出現した環境は、マラリアなどの感染症の2世紀に及ぶ蔓延をもたらしました。とくにAC536年は小氷期で、火山噴火も加わり、ヨーロッパは悲惨な寒さに襲われていました。著者らは、チベット高原のビャクシンにより、2500年以上の年輪年代と当時の気候を再現しました。
 モンゴル帝国の台頭は、過去一千年間で最も湿潤な数十年間の出来事でした。チンギス・ハーンは、13世紀初頭の豊かな牧草地で、騎兵の機動力を最大限に発揮したのです。帝国の興亡は、気候変動だけで説明できるものではありませんが、アステカに「ウサギの呪い」の伝承がありました。アステカ暦のウサギ年毎に、飢饉が起きると予言していたそうです。
 年輪年代学は、地球の炭素循環の謎を解く、強力な研究手法を確立しました。気候の変遷を読みとり、人類が生存し続ける方策のヒントを与えてくれるのです。好著でした。「了」

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