「ウィルスと共生する世界」フランク・ライアン著、多田典子訳、福岡伸一監修、日本実業出版社2021年11月刊 2022年2月1日 吉澤有介

—新型コロナアウトブレイクに隠された生命の真実—

著者は、イギリスの進化生物学者・医師です。国際共生学会の会員として、生物間相互作用に注目しました。著書には、NYタイムズ・ノンフィクションブック・オブ・ザ・イアーに選ばれた「ウィルスX」(角川書店)や、「破壊する創造者」(早川書房)などがあります。

ウィルスとは何か、その存在する意味はどこにあるのかは、生命科学史上最大の謎とされてきましたが、福岡伸一は本書を、的確・明瞭な答えを与えた画期的な書と推奨しています。

ウィルスは一方的に私たちを襲撃しているのではありません。宿主タンパク質とウィルス表面のタンパク質には親和性がありました。宿主側がむしろウィルスを招き入れているのです。そこには積極的な意味がありました。ウィルスは宿主の共生者であり、両者の関係は利他的でした。ウィルスは、私たち生命体の一部であって、根絶はできないのです。

現在、地球上の生命の起源は、RNAワールド(地球上に原始生命が発生したころ、生物の基本的な活動がRNAだけによって行われていた時代)にあったという説が有力です。

ウィルスはすでに、その段階で存在していたとするのです。今日、RNAウィルスだけがRNAをコードするゲノムを持っています。DNAは安定性が高く、世代を超えて遺伝情報を伝達します。姉妹分子のRNAは、非常に不安定ですが、熱水噴出孔などの不安定な環境で素早く変化する進化の特性を備えていました。RNAが化学物質から生命体へのステップを開始させた分子である可能性が高い。RNAウィルスの前駆体がDNAウィルスの起源であったと考えられるのです。それ故に今日、RNAウィルスとDNAウィルスは、すべての細胞生物との共生を確立して、その相互作用が生物多様性と進化の要因になっているのです。

一方、ウィルスはヒトにさまざまな病気を引き起こします。風邪はライノウィルス、麻疹はモルビルウィルス、さらにノロウィルス、ポリオウィルスなど、多くのウィルスがありますが、中でも天然痘は最も恐ろしいウィルスでした。それがジェンナーのワクチンで、初めて抑えられ、1979年ついに根絶が宣言されました。その結果、人類の大半は免疫を失い、悪意ある生物兵器のリスクが生まれたのです。いま国際条約によって、ワクチンが極秘に保存されています。なお「ワクチン接種」という言葉は、創始者ジェンナーの造語でした。

2006年、国際共生学会で、はじめて「共生体としてのウィルス」が議題になりました。微生物学者は、地球全体でのウィルスの巨大な存在に気づいたのです。深海や南極にも、ありとあらゆる生態系に、細菌を含むすべての生物の数よりも、桁違いに多く存在していました。植物もウィルスなしでは生きてゆけません。森林の土壌のほうが、農地の土壌よりもウィルスが多いこともわかりました。わたしたちは、このウィルス圏に住んでいるのです。

生物の分類体系は長い間、動物界、植物界、菌界、原生生物界、モネラ界の五界説が中心でした。それが1977年にウーズにより、真核生物、真正細菌、アーキア(古細菌)の3大ドメイン説に変わりました。著者は、ウィルスは細胞ではなく、正20面体のカプシドを持ち、生物に依存する共同体で、独自のドメインの生き物であると定義づけています。「了」

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