「不自然な宇宙」須藤 靖著 2019年10月1日 吉澤有介

宇宙はひとつだけなのか   講談社ブルーバックス2019年1月刊 著者は、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授です。専門は宇宙物理学で、特に宇宙論と太陽系外惑星の理論的、観測的研究についての多くの著種があります。

「宇宙」と「世界」は違う概念で、「宇宙」は、専門家にとっては観測可能な具体的対象です。しかし著者の考える「世界」は、「宇宙」を包含し、その中に流れる物理法則や、自然の摂理、文化や思索、さらには実際には観測できない他の「宇宙」の可能性までも含む、はるかに広い概念とみています。そこで著者は、私たちの宇宙をさらに深く理解するために、それまでの宇宙観を超えて、この宇宙の外に別な「宇宙」があると考えるのです。なぜならこの観測できる宇宙は、物理法則からみて、あまりにも性質が不自然だからでした。

「宇宙」の概念は古代文明以来、幾多の変遷を重ねてビッグバンモデルを確立し、さらにインフレーションモデルが生まれて、観測上の多くの矛盾を解決してきました。現在の宇宙を過去に遡ったときの高温高密度の状態がビッグバンで、現在の宇宙観測の初期条件になりますが、インフレーションモデルの立場では、それもインフレーションによって進化した宇宙の最終段階で、誕生後10のマイナス35乗秒後に起こった宇宙進化の一段階とします。この魅力的な仮説の検証は進んでいますが、宇宙の誕生自体は、まだ未解明のままです。

素粒子物理学者たちは、この宇宙は、法則に支配されていると考えました。しかし、観測されているこの宇宙の性質は、物理法則から予想される性質とは、まるで違っていて「不自然」だったのです。それは現在の物理法則がまだ不完全のせいなのか、あるいは宇宙のすべての性質が法則で説明できるとは限らないからなのか、ここで見解が二つに分かれました。天文学者たちは後者の立場をとり、世界がすべて必然で説明できる保証はない。むしろ無数の宇宙が実在して、その一つに人間がいるだけのこと、「宇宙」の外にも別な「宇宙」があると考えたほうが、「不自然さ」の問題に取り組むことができると考えたのです。

私たちが観測できる「宇宙」の最も遠い銀河は、約130憶光年先です。これを地平線とすると、その外側は原理的に観測できません。しかしそこにも広大な宇宙があるはずです。そこで直接観測できる宇宙ユニバースの外側に広がる広義の宇宙マルチバースを想定し、それぞれにレベルがあると考えるのです。世界には様々な階層があります。例えば生物個体は器官から、器官は細胞から、細胞は生体分子からできています。さらに分割すれば、塩基、分子、原子という物質世界の階層となるのです。物理学では原子核、電子、陽子と中性子、そして素粒子に行き着きます。天体も同様で、銀河、星団、恒星、惑星、衛星などの階層があり、生物社会や人間社会にも当てはまります。階層構造は進化の過程で生まれました。

すべての物質界の階層は、その内部にある力の相互作用の微妙なバランスで成り立っています。常に不自然さを内在しているのに、それを究極理論で説明することはできるのでしょうか。マルチバースの立場は、その不自然さを逆に生物界のように適者生存、自然淘汰によって理解しようとします。別の宇宙には別な物理法則があり得ます。不自然さのあるレベルの宇宙だったので、偶然に私たちが存在できたという不思議な理論は衝撃的でした。「了」

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