青木薫訳、文春文庫2017年1月刊
著者は、宇宙物理学者です。アリゾナ州立大学で「起源プロジェクト」を創設して、1995年に「真空のエネルギーは、非常に小さいがゼロではない」という仮説を提唱し、のちに実証されました。NHKの「宇宙白熱教室」に登場して、大きな興奮を巻き起こしています。
科学者たちの現代の宇宙観は、このわずか百年の間で、極めて大きく変化しました。この事実は、科学的方法の威力と、宇宙を理解したいという人類の想像力、そして粘り強さの証明でもあります。2千年以上にわたって、宇宙はデザインも意図も目的もなく生まれたとされてきましたが、なぜ何もない「無」から、宇宙のような何かが生まれたのでしょうか。
「無(何もない)」という概念は、哲学者や神学者たちによれば、漠然とした「非存在」といいますが、それは科学者からみれば、「何かがある」と同程度の物理的な状態でしょう。科学者としては、「何もない」と「何かがある」の両方について、その物理的性質をきちんと理解する必要があります。「量子的真空」もその一つですが、「空間も時間もない」状態はどうか。しかし現在では、空間と時間が自発的に生ずる場合もあることが知られています。
アインシュタインが、一般相対性理論を提唱したとき、その出発点にあったのは、物質とエネルギーが存在すれば、空間が曲がるというアイデアでした。それが3年後の1919年に実証されると、それまでの宇宙観が激変しました。この宇宙にどれだけの物質があるかに応じて、全体としての宇宙が、幾何学的に「開いているのか」、「閉じているのか」、あるいは「平坦」なのかのどれかの性質になるというのです。アインシュタインが示唆した、「重力レンズを使った銀河の質量の測定」は、60年後ついに実現しました。とろが、ハップル宇宙望遠鏡により、50憶光年のかなたにある銀河団の質量を測定してみると、目に見える星やガスの質量の40倍もの質量が、光を出さない暗黒の物質として空間に存在していることがわかりました。最近の観測結果では、銀河や銀河団に存在する「暗黒物質」の総量は、ビッグバン元素合成の計算から許される量よりも、はるかに多いことが確かめられています。
その暗黒物質は、地球や太陽などにある物質と違った、全く未知な物質でした。それが宇宙空間はもちろん、私たちの周りにも存在しているのです。ここで実験物理学の一分野が生まれました。暗黒物質の正体はわからなくとも、その総量はわかります。深い地下で捕らえる実験が始まりました。またスイスにある世界最大の粒子加速器では、初期宇宙の状況を再現して、暗黒物質の粒子を発生させています。ここでは2012年の夏、ヒッグス粒子が発見されました。目に見えない全空間の場で無から生まれた、電磁力のような力を運ぶ粒子たちが、あたかも抵抗を受けるような振る舞いを見せたのです。まさに画期的なことでした。
今世紀には、人工衛星のデータによって、宇宙の年齢推定の精度が高まりました。現在の値は、137憶2千万年です。これほど古ければ、その空間にはかなりのエネルギーが含まれているはずです。「暗黒エネルギー」と呼ばれ、宇宙の全エネルギーの70%は暗黒エネルギーで占められているとわかりました。著者は「真空のエネルギーはゼロではない」ことを証明して、宇宙論に大革命を起こしました。文庫版ながら、刺激に満ちた一書でした。「了」