林 純一著、光文社新書、2024年1月刊 2024年3月1日 吉澤有介
著者は1949年北海道生まれ、東京学芸大学教育学部卒、東京教育大学(現筑波大学)理学研究科で動物学を専攻。理学博士。埼玉県立がんセンター研究員を経て、筑波大学生物科学系教授となりました。現在は名誉教授です。専門はミトコンドリアで、著書「ミトコンドリア・ミステリー」(講談社ブルーバックス)は、講談社出版文化賞を受けました。
本書では、長く生物学の研究を続けてきた著者が、従来の常識とは違う生命の見方を提案して、今までに見ることのできなかった新しい生命の世界を明らかにしています。まず生きものを意味する「生命」や「生物」の定義を、見直すことから始めました。
教科書では、生物の定義を①細胞を基本単位とする、②自己複製する、③遺伝物質として核酸(DNAやRNAなど)を持つ、④外界との仕切り(細胞膜など)がある、⑤物質代謝やエネルギー代謝をして恒常性を維持するものとし、一般常識として定着しています。
しかしウイルスは、細胞を持たず、代謝をしないので除外されてしまいます。また地球上に初めて誕生した原始的な生きものは、細胞を基本単位としてはいなかったでしょう。これらを無生物(物質)とするのはおかしい。また自己複製では、近年の仮想空間の人工生物や、コンピューター・ウイルスなどもいます。生命と物質の境界線はどこなのか。
著者は、「生命」を「自己複製する核酸を持つもの」とし、「生物」は、その中で「細胞を基本単位とするもの」として区別しました。生命を細胞の制約から解放したのです。
ここで新しい景色が開けることになりました。地球外惑星の生命の探査や、人間が生命を創造することも、現実のテーマとなりえます。40憶年を超える生命の歴史は、「核酸による自己複製」という化学反応によるものでした。地球上で、核酸という有機物が形成され、それが自己複製するように変化したことで、最初の原始生命が生まれました。現存するすべての生物の塩基配列から祖先を辿ると、ただ一つの共通祖先に行き着くのです。
「生命」のカギは自己複製する核酸にありました。それは「ゲノム」と呼ばれる「核酸を素材にする生命の設計図」を意味します。著者はゲノムを、「(親から)先天的に受けたすべての遺伝情報」と定義し、さらに遺伝子を「①特定の生理機能を規定する因子で、②RNAに転写されるゲノム領域」と定義して、これまでの定義の曖昧部分を除きました。
私たちの生命活動は、ゲノムにある必要な遺伝子を転写して働かせる遺伝子スイッチで行われています。一方そのスイッチは、不要な遺伝子を抑制(エピゲノム修飾)します。稀に突然変異が起りますが、個体を形成する殆どのゲノム表現の原動力は、40憶年にわたって磨き上げた遺伝子スイッチの働きにありました。RNAから生まれたテロメアを含むすべての生命は、共通祖先から、細菌、古細菌、真核生物、多細胞動物・植物へと進化し、一部が陸上生活を始めます。その個体生存の目的は、すべてが子孫を残すことでした。
ヒトも生命の一員です。しかし近縁の類人猿とも大きく異なる進化を遂げました。文明を創造した高度な認知機能に、遺伝形質がどのように関わったのでしょうか。著者は「学習成果という獲得形質」が、遺伝形質として加速、累積したと強く述べています。「了」
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