津本英利著、PHP新書、2023年11月刊
著者は、1970年の岡山市生まれで、筑波大学大学院歴史・人類学研究科を経てドイツ・マールブルグ大学先史・原史学科博士課程に留学。トルコ、シリア、イスラエルなどで発掘調査に従事し、現在は古代オリエント博物館研究部長です。専門は、西アジアおよびヨーロッパの考古学。著書に、「古代オリエントの世界」(山川出版社)などがあります。
鉄器を最初につくり、人類の歴史を変えたといわれるヒッタイトは、20世紀初頭の再発見までは長く謎の民族でした。しかし近年、粘土板の解読や遺跡の発掘が進み、ようやくその実像がわかってきました。私たちが抱いていた印象とはかなり違っていたのです。
アナトリア(現在のトルコのアジア側の地域の中央部)に、古くから「ハッテイ」と呼ばれた人々が住んでいました。BC二千年ころ、そこにインド=ヨーロッパ語族の人々が登場して支配層となり、やがていくつかの都市国家を統一して、原ヒッタイト帝国が成立します。独自の文字はなかったが、当時交易していたアッシリア商人が記していました。
初代の大王はBC17世紀頃といわれ、その後数代を経てシリアやメソポタミアの首都バビロンまで遠征します。しかし王位を巡る争いが絶えず、次の中期に移りました。ここで敵対していたエジプトのツタンカーメン王が死に、王妃との交渉が行われました。しかしエジプトに次の王ラメセス二世が立つと、ヒッタイトと激突します。両軍合わせて5万に達する空前の大戦になりましたが、これは両国の痛み分けで終わり、世界最古の和平条約が結ばれたのです。ヒッタイト帝国の最盛期でした。しかし帝国は後期に入ると衰退し、BC1200年頃ついに滅亡しました。原因は、旱魃か外敵の侵入かの謎が残っています。
さて、ヒッタイト帝国は「鉄と軽戦車(チャリオット)」で、古代オリエントの大国になったといわれます。これは1915年に、初めてヒッタイト語が解読され、その粘土板文書にあった、アッシリア王に送った手紙に、「良質の鉄」に対する要望を丁重に断った記述があったことによります。当時著名なイギリスの考古学者チャイルドが、この書簡は、ヒッタイトが製鉄技術を独占していたが、それが漏れたことで青銅器時代から鉄器時代に移行した証だとしました。その著書が、日本の考古学会に大きな影響を与えたからです。
しかし欧米では、そのような認識をしていません。もともと製鉄を始めたのは、ヒッタイトが最初ではなかったのです。エジプトではBC四千年に隕鉄を加工したビーズがあり、ツタンカーメン王の遺物にも各種の鉄製品がありました。隕石は世界各地に落下しており、その利用は前期青銅器時代にすでに始まっていたのです。ただそれは利器としてではなく、光り輝く金属の装飾品として使われていました。鉄鉱石からの製鉄も、始まっていた形跡があります。銅鉱石の精錬の際にも、スラグとして鉄を取り出していたのです。
ヒッタイト帝国でも、鉄製品は主に儀礼用で、後期には、製鉄が各地方都市で行われ、首都に納入していました。技術を隠すなら一か所に集中して、職人を閉じ込めるでしょう。それに当時はまだ圧倒的に青銅器が使われていました。日本チームの発掘で、日常的に鉄器が使われたのはBC8世紀頃ともみられ、いまなお再発見が続いています。「了」
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