ジョー・マーチャント著、木村博江訳 文芸春秋2009年5月 (要約)吉澤有介
「星空をつくる機械」—プラネタリュウム100年史–参照文献
1900年の秋、ギリシャ本土とクレタ島との海峡にあるアンテイキテラ島の近くで、海綿取りの潜水夫たちが、海底に沈んでいた古代の難破船を発見した。ここはユリシーズにも出てくる有名な難所で、その難破船は水深60mの泥に埋もれていたので、積荷の調査は困難を極めた。しかし当時ギリシャ政府は沈没船の考古学への関心を強めていたこともあって、海軍を動員してようやく数々の美術品を引き上げることができたという。その中には後に有名になったブロンズの若者像や、哲学者とみられる老人の頭部などもあって、現在はアテネ国立博物館の宝物になっている。
しかし回収品はそれだけではなかった。大量の美術品の陰にあった壊れた木箱の中に、辞書ほどの大きさの腐食したブロンズの塊があった。どうやらいくつかの歯車らしく、それに古代のギリシャ文字が多数刻まれていたのである。はじめは誰も気にしていなかったが、数ヶ月後に館長のスタイスが注目した。これは古代の時計ではないか。直径18cmの歯車のまわりに、壊れてはいたが小さな歯車が30個もとりまいている、極めて精巧な構造だったからである。これは誰がいつ何のためにつくったのだろうか。
本書はその機械のナゾの解明に挑戦した人々の、100年あまりの涙ぐましいほどの奮闘を描いた物語である。ここにはイギリスなどの科学史の錚々たる専門家が登場する。さらに今世紀に入って最新の先端技術による大プロジェクトも加わって、その驚異的な構造と性能がほぼ明らかになった。ギリシャ文字も解読されてみると、機械の取説とわかった。
これは超精密な天体運行計算機だったのである。太陽と月、それに水星や火星や木星、土星などの惑星の運行を高精度で再現できるものだった。しかもその製作年代は紀元前3世紀ころだという。中心にある歯車の歯数は223枚、周辺には53枚の歯車も配置されていた。いずれも素数である。また文字盤には365の目盛りが刻まれていた。
最初にこの機械に本格的に取り組んだのは、古代の天文学に深い興味を持っていたイギリスの高名な科学者プライスだった。1953年以来、彼はアテネで詳細な調査を行い、この歯車の組み合わせが地球を回る月の運行を示していることを、数字の解析で突き止めた。その論文に刺激されたロンドンの博物館員のライトは、生涯をかけてこの機械の復元に執念を燃やした。その結果、ここにはすでに差動歯車が使われていたこと、遊星歯車が組み込まれていたことまで確認し、月や惑星の離心軌道や、楕円軌道の運行について正確な周期を計測していたことを証明した。復元にほぼ成功した彼の業績は大きかったが、後の先端技術グループのネイチャーへの派手な発表の陰に隠れてしまったのは惜しまれる。
しかしまだこの機械のナゾがすべて解けたわけではない。用途も日食月食の予測や、星占いのためだけなのだろうか。また誰がつくったのか。ここでローマの法律家キケロに、友人のポセイドニオスが新しい機械をつくったという記述がある。信憑性は定かではないが、一考の余地があろう。またヒッパルコスという説もある。自動仕掛けの名人ヘロンかもしれない。かのアルキメデスも可能性が高いという。古代の天才は凄い。「了」
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