稲垣栄洋著、日本実業出版社2020年8月刊
著者は1968年静岡県に生まれ、岡山大学大学院農学研究科を修了。農水省研究員を経て静岡大学大学院農学研究所教授。農学博士。専門は雑草生態学です。「たたかう植物」(筑摩書房)、「世界史を大きく動かした植物」(PHP研究所)など多くの著書があります。
雑草は、道ばた、空き地、公園や畑に勝手に生えて、踏まれても、抜かれてもしぶとく生きている植物です。人間からみたら、なくそうとしてもなくならない、厄介な困りものですが、生き物としては、いつ抜かれるかわからない「予測不能な激しい変化の起こる場所」に適応して、特殊な進化を遂げていました。雑草とは、もっとも進化した植物たちなのです。そこには壮大なドラマがありました。本書では、その戦略と進化の歴史を辿っています。
自然界は競争社会です。強い者が勝つ。強くなるには大きい方が有利です。進化の過程で、最初に上陸した植物は、小さなコケでしたが、間もなく巨大化して森をつくりました。恐竜の時代には気温も高く、二酸化炭素の濃度も高い環境に恵まれて巨大化したのです。しかし、地殻変動で大陸が分裂して気候は不安定になり、氾濫が続くと大木になる余裕はなくなり、早く生長して花を咲かせ、種子を遺して世代交代できる「草」が出現しました。草の進化は早く、被子植物は草食恐竜に化学物質の毒で対応しました。白亜紀末期の恐竜の化石には、器官が異常に肥大し、卵の殻が薄くなる中毒症状が見られます。滅亡の一因でしょう。
小さな草にも勝てるニッチがあります。木が有利な場所は森になり、草が有利な場所は草原になりました。互いに得意分野で勝負したのです。生物の基本戦略は「弱者の戦略」です。
植物は特に、C(競争)、S(ストレス耐性)、R(ルデラル—攪乱適応能力)の戦略を駆使しました。Cでは、条件次第でチャンスがあります。Sの代表はサボテンでしょう。Rは、極端な変化をも乗り越える力です。雑草は特にこの能力を高めて、人間からの攪乱に適応したのです。著者は、雑草の成功法則を、「逆境」×「変化」×「多様性」としています。
逆境に強い代表のオオバコは、踏まれてもしなやかで、粘着性のある種子をタイヤや人間の靴に付着させて、道路に沿って遠くまで運ばせます。イネ科植物も、成長点を低くして地面近くにおき、葉だけを伸ばしました。ウシやウマに葉を食べられても、すぐ回復します。人間が草刈りしても平気です。草刈りするほど草刈りに強い植物が増えるのです。成長のスピードも速い。ふだんは茎を伸ばさず、準備ができると、人間たちの一瞬の隙に穂を出して花を咲かせ、種子をばらまくのです。ロゼット型の植物も、地面に成長点をつくりました。
さらに彼らは、土の中に膨大な数の種子を貯蓄し、休眠させました。地上が全滅してもチャンスなのです。光を感じて一斉に発芽します。シード-バンクの知恵でした。植物は動くことができませんが、変えられないものは受け入れ、変えられるものを変えてゆく。それが植物の基本戦略になりました。雑草は、とくにこの可塑性が大きく、臨機応変するのです。
和辻哲郎は著書「風土」で、「ヨーロッパには雑草がない」といいました。確かにそう見えるほど、日本の雑草は元気です。日本人は愛着を持って「雑草魂」と呼びました。その生き方は、ビジネスにも多くのヒントを与えています。雑草たちの戦略は見事でした。「了」
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