「ニッポンの氷河時代」—化石でたどる気候変動—        2023年11月8日 吉澤有介

大阪市立自然史博物館監修、河出書房新社2023年9月刊
本書は、2016年7月から10月にかけて開催された、大阪市立自然博物館第47回特別展「氷河時代」の内容を再編して、書下ろしを加えたものです。この年の夏の暑さは格別でした。その暑さの中で同展は、次のようなパネルの文章で始まっています。
「氷河時代とは、地球上に大きな氷河がある時代をいいます。逆に殆ど氷河のない時代が無氷河時代です。約260万年前に始まる新生代第4紀は、グリーンランドや南極大陸などを氷河が覆う氷河時代です。つまり現代も氷河時代で、私たちはその中の間氷期にいるのです。」
現代は後氷期とも呼ばれていますが、恐竜などが繁栄していた1憶年前は、南極まで植生があった暖かい時代でした。このような無氷河時代のほうが、地球の歴史の大部分でした。
氷河時代は、地球の長い歴史の中で、7回以上ありました。そのうち地球の殆どが氷に覆われたスノーボールアースの時代が、2回もあったのです。生物が大量絶滅しました。とくに最近の約80万年は、およそ10万年ごとに氷期・間氷期を繰り返しています。数万年後には、次の氷期がやってくるはずです。人類の活動で、果たしてどのようになるでしょうか。
氷河時代の中の氷期では、日本列島もかなりの寒冷化に見舞われました。残された地形や地層の化石、生きものからその様子を知ることができます。日本アルプスや日高山脈にはカールがあり、北海道道北地方には、凍結・融解を繰り返した独特の地形が見られます。海面変動の地形や、植物の化石、さらに氷床コアや、海底に棲んだ有孔虫の化石からは、大気成分の酸素同位体比率で、当時の気候がわかります。水月湖の年縞が良い指針になりました。
氷期・間氷期が繰り返す原因は、地球の自転軸の傾きや、歳差運動、公転軌道の変化などで起きる日照量の変化が考えられています。第4紀の環境変化は、大阪平野でとくに明らかでした。大阪堆積盆地には約350万年の地層がみられ、ボーリングコアからその海底粘土層には、少なくとも21層あることもわかりました。それぞれの植物化石が詳細に調べられ、動物化石も、ゾウ、ワニ、クジラに、オサムシの仲間など多数の昆虫が見つかっています。
⒓万年前の古地理図も復元されました。最終氷河最盛期が終わった1万8千年前から数千年の間は、気候が急激に温暖になり、2回の寒の戻りがありました。約5500年前になると、海面上昇が収まり、河内湾では三角州が成長しました。縄文遺跡が多くなります。
自然の森の姿も変わりました。最終氷期最盛期の大阪は、今より年間平均気温は7℃も低く、現在の札幌と同じでした。西日本では、温帯落葉広葉樹林が広がり、その日本海側では、ブナとコメツガの混交林が低地まで広がっていました。東日本は寒温帯の針葉樹林で、亜寒帯とも呼ばれ、ダケカンバを伴っていました。大台ケ原や大峰山系には、今もウラジロモミとブナの混交林が残っています。温暖化では、カシ類が長い時間で分布を拡大しました。ドングリがネズミで運ばれても10~50m程度で、200㎞移動するには3千年はかかります。植物には、生き残り場所(レフュージア)がありました。昆虫たちは敏感に移動しています。現代は「完新世」ですが、近年、これを「人新世」と呼ぶ動きが盛んになっています。「了」

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