依田高典著、ちくま新書、2016年12月刊
著者は1965年、新潟県生まれ、京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科で博士(経済学)となり、イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォリニア大学研究員を経て、現在は京都大学大学院経済学研究科教授です。専門は応用経済学で、フィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組んでいます。著書に、「行動経済学」(中公新書)など多数あり、日本学術振興会賞ほか多くの賞を受賞しています。
人間は、伝統的経済学が考えるような合理的な存在ではありません。その行動はココロによってさまざまな選択をしています。ときには個人の選択と社会的利益が一致しないこともあるのです。有名な「トロッコ問題」では、線路を走っていた土木工事用のトロッコのブレーキが故障して止まれなくなりました。ところが線路の先には5人の作業員がいます。このままでは逃げられません。これを見ていたあなたのそばに、線路の分岐装置がありました。今の線路から別の線路に切り替えれば5人は助かります。ところが別の線路にも1人の作業員がいました。あなたは5人を助けるために、別の1人を犠牲にしてよいかを問います。合理的には5人を救ったとしても、別の1人を犠牲にした悔いは深く残ることでしょう。
またイソップ童話に、キツネがおいしそうなブドウを見つけて跳びつきますが、何回跳んでも届かないので、悔し紛れにこのブドウは不味いと言って立ち去った話があります。ココロの中に葛藤があり、認知的不協和が生じて、選好(合理性)を変化させた行動でした。
経済学者サイモンは、人間の合理性は完全でないとして、「限定合理性」と名付けました。人間の持つ情報は完全ではなく、認知能力にも限界があるので、効用を最大にはできない。せいぜい満足できる選択を求めることで、ココロの揺れる行動経済学が誕生したのです。
経済学は利己的で合理的な人間を想定してきました。しかし生身の人間は利他的な行動をします。利他性には「見せかけの利他性」と、「真の利他性」があります。前者は無意識に見返りを求めている「情けは人のためならず」ですが、後者は純粋です。「利己的な遺伝子」が話題になりましたが、「利他的な遺伝子」もありました。起源は、自分の子どもを養育する母性本能でしょう。それがより広く他者に向かうように変異し、進化したといいます。
世の中は不確実に満ちています。確率は無限繰り返し試行での統計的頻度のことですが、現実世界では繰り返しは有限です。一度限りのことも多い。そこで統計的確率を適用できる出来事を「リスク」、統計的確率を適用できない出来事を「不確実性」として区別する考え方が出てきました。ケインズは「論理的確率」を提唱しています。その「一般理論」には、不確実性の中では、主流派経済学が想定するような統計的確率論による数学的期待値の最大化は成り立たないことを、繰り返し論じていました。統計的頻度は人間の経験と知識です。知識が不足であれば、「想定外というリスク」になるのです。破滅的損害を招いた東日本大震災は、重い教訓を遺しました。ケインズの、主観的予想で行動するアニマルスピリッツも、再評価されています。これまでの経済学のモデルは物理学でしたが、これからの経済学のモデルは生物学でしょう。著者の「ココロの経済学」は、さらに進化しつつあります。「了」
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