H・シュリーマン著、池内 紀訳、角川文庫、令和5年2月刊
トロヤやミケネなどの古代遺跡を発掘したハインリヒ・シュリーマン(1822~1890)には、多くの著書がありますが、自伝は書きませんでした。ただ自分がいつごろ、どのように発掘を思い立ったかを世に知らせておくために、著書「イリオス」の「はしがき」に、幼いころの思い出と、発掘に至るいきさつを書いています。本書は、それをもとに没後まとめられた「自叙伝」で、波乱に満ちた前半生と、発掘までの不屈の精神は凄まじいものでした。
シュリーマンは、北ドイツの古城のある小さな村に生まれました。父はプロテスタントの牧師で、古代史に強い関心を持ち、いつもホメロスの物語などを熱く語っていました。幼いシュリーマンはそれを固く信じて、8才にはトロヤを発掘すると宣言していました。父にラテン語を学び、ギナジュウムに入学して大学を目指しましたが、一家に思わぬ不幸が重なり、進学を諦めて町の雑貨屋などで働きました。「商人時代」の始まりです。厳しい仕事にも学問への想いは失わず、よりよい仕事を求めて帆船の給仕になります。ところがハンブルグを出港して間もなく激しい嵐で遭難し、九死に一生を得ました。救助されたオランダの領事のサロンで、この不幸な出来事を語ったところ、直ちに寄付金が集まり、ある商社に就職できたのです。そこで彼は猛然と語学に挑戦しました。外国語の文章を大声で読み上げ、丸暗記して英語、フランス語などを習得し、特にロシア語は商談で絶大な効果を挙げました。いくつかの幸運に恵まれ、独立して巨万の富を得ました。今こそ永年の夢を実現する時が来たのです。古代ギリシャ語をも習得して一切の商売を切り上げ、ひとまず世界の旅に出ました。
途中で立ち寄った幕末日本には、深い印象を受けました。一ヶ月に及んだ日本滞在の記録は実に詳細です。将軍家茂上洛の行列にも出会いました。絹の町八王子も見て、日本の文明を高く評価しています。1865年(慶應元年)のことでした。世界を一周して帰国します。
46才になっていた彼は勇躍出発し、ナポリを経由してイタカに着きました。「オデッセイア」を読み返し、現地を徹底的に調査すると、島の地形が見事に一致しています。探索は切り上げ、トロヤに向かいました。学者らがトロヤと推定しているピナルバンは、海から離れすぎです。彼にとってホメロスは、絶対の福音書でした。彼は念入りに歩きまわり、ヒッサリクの丘に立って、ここがまさしく「イリアス」の眺めと確信しました。アキレスとヘクトールが闘った場所や、浜辺のアガネムノンの陣も見渡せます。この報告は古代ギリシャ語で書いた論文として、郷里のロストック大学に提出し、哲学博士の照合を授与されました。
1871年10月11日、いよいよトロヤの発掘にとりかかりました。夫人とともに150人もの作業員を現場で指揮して、まる11カ月に及びました。「イリアス」は、やはり事実を語っていたのです。火災の跡に興奮し、城門の基部で自ら「プリアモスの財宝」を掘り当てました。成果は逐次タイムズに報告し、収集品は正しく評価したベルリンの博物館に託しました。山師だという誹謗中傷の中で、親しかった碩学のフイルヒョウらが強く支援してくれたのです。シュリーマンの情熱はさらに高まり、アテネに居を構えて新たな発掘に取り組みましたが、旅先でついに耳の病に倒れました。考古・歴史のロマンの魅力溢れる物語でした。「了」
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