小松 貴著、新潮文庫、令和4年7月刊著者は1982年生まれで、信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻の博士(理学)です。九州大学熱帯農学研究センターで日本学術振興会特別研究員。国立科学博物館協力研究員を経て、2022年からは在野の研究者として奮闘中です。専門は好蟻性昆虫。著者に「怪虫ざんまい」、「裏山の奇人」、「絶滅危惧の地味な虫たち」など多数があります。
著者は、埼玉県の自然豊かな環境で育ち、幼稚園に上がる前から「昆虫学者」になると宣言していました。大学は信州大学を選びましたが、大学4年の卒業研究のテーマに「アリヅカコオロギ」を決めたときが、実際の昆虫学者となる転機になりました。「アリヅカコオロギ」などという、わけのわからない虫を選んだばかりに、もう後戻りはできなくなり、大学院に進んだ著者の人生は、安全安定とは程遠いものに変わり果ててしまったのです。
著者は大学で、日本学術振興会からの「科研費」を得てきましたが、審査は厳しく、研究範囲は限定されて、とても窮屈なものでした。自由に動くには無給研究員しかありません。
昆虫学者とは、生業としての「職業」などではなく、「生き方」なのです。実際に昆虫の研究分野では、ほかに職業を持つアマチュア研究者が大半を占めています。人はだれでも「昆虫学者」になれるのです。2022年、著者は自由な在野研究者として、活動を開始しました。
アリは、自然界で最も恐れられている生き物です。強力なキバを持ち、毒針や蟻などの毒液で武装して、集団で行動します。大型の捕食動物が嫌うために、多くのクモやカメムシ、甲虫までがアリに偽装しているのです。そのアリをうまくだましているのが、著者の専門のアリヅカコオロギ属でした。世界に60種ほどが知られているコオロギの仲間ですが、日本には10種ほどいました。3~4ミリで小さく、コオロギなのに翅がなく鳴きません。アリの巣に勝手に入り込んで、アリが外からせっせと集めてきた餌を横取りし、アリの卵を食べて暮らします。一方的にアリから奪う悪質な居候なのに、アリは巣外に追い出しません。アリヅカコオロギには巧妙な戦略がありました。巣に入ると素早くアリに体当たりして、アリの匂いを自分の身体に付けて、その巣のアリの仲間に成りすますのです。アリは視力が弱く、匂いで仲間を知り、他の巣のアリを猛烈に攻撃しますが、アリヅカコオロギは安泰なのです。
またアブラムシは、怖いアリに自分の排泄物の甘露を食べさせて懐柔し、テントウムシなどの天敵を追い出してもらう、相利共生の「共生」を実現しています。しかしそれは互いに冷酷に利益を追究した結果でした。アブラムシも増え過ぎると食べられてしまうのです。
自然界で一方的に食われる立場にある昆虫たちは、種ごとに様々な方法で敵の攻撃を避けています。多くは巧みに背景に紛れて自分を隠蔽します。枯れ葉、花、枝、樹皮などに擬態するのです。越冬中の昆虫は仮死状態ですから動けません。見つかったら終わりです。著者は長野の裏山で、その高度な隠蔽の術を見破る特技を磨きました。クワエダシャクというガの幼虫の尺取虫は、桑の枝の冬芽にそっくりです。例外的に成虫で越冬するホソミオツネントンボの擬態を見破り、「裏山の奇人」と呼ばれるようになりました。著者は身の回りのすべての生き物に研究対象を広げ、見慣れた「裏山」から新しい景色を追っています。「了」
著者の好きな虫は、眼の退化した虫や翅の退化した虫です。
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