「ヒトはなぜ争うのか」—進化と遺伝子から考える-2022年10月20日 吉澤有介

若原正巳著、新日本出版社2016年1月刊
著者は、1943年北海道生まれ、北海道大学理学部卒、同大学院理学研究所を修了した理学博士。専門は、両生類の実験発生学です。2007年、同大学教授を定年退職しました。著書に「なぜ男は女より早く死ぬのか」(ソフトバンク新書)など多数あります。
現在、地球上に75憶人の人類が住んでいますが、すべてホモ・サピエンスという一種です。およそ700万年前に、共通祖先の霊長類から分かれたのです。宇宙カレンダーでいえば、12月31日の午後10時過ぎのことでした。ヒトは生物の一種に過ぎませんが、高度な知能を発達させ、独自の世界をつくり上げました。生物学的な法則を一部超えたのです。
最も近縁な生物はチンパンジーですが、DNAで違っているのは僅か1,2 %だけで、これは「調節遺伝子」と呼ばれ、残りの98,8%は同じで、「構造遺伝子」と呼ばれています。もともとの部品は同じなのに、ごくわずかな調節遺伝子の働きによって、成長、発達の度合いが大きく違ってきたのです。その決定的な違いは言語にありました。言語は敵・味方を見極めるために分化して、論理的能力を高めてゆきました。生物としてのヒトのゲノムは、ほぼ4万年前に完成し、その後の遺伝的要素は変わっていません。しかし、文化の程度は全く違って、教育・文化の力によって、ヒトの心は目覚ましく進化していったのです。長い狩猟採集時代に、子孫を残すために血縁集団での互恵的利他行動が生まれ、さらに民族に対する犠牲的行動に発展してゆきました。ミツバチにも利他行動がありますが、これは進化により遺伝的に組み込まれたもので、行動は本能によります。ヒトのような可塑性はありません。
狩猟採集時代には、深刻な部族間の争いはなかったといいます。日本の縄文時代はその最たるものでした。ところが、約1万年前に始まった農業が、それまでの生活を一変させました。富の蓄積と私有、身分格差、階級の分化で都市が生まれ。より良い場所や富を巡って争いが起こります。男たちには、野生時代の「争う遺伝子」が残っていました。男性ホルモンのアンドロジェンの働きで、捕食動物との戦いや狩猟の際に攻撃性を発揮しました。しかし、知能の発達で、発現を抑えていたのです。多くの民族・集団では、人殺しはタブーになっています。しかし、個人的な殺人は抑制されていても、指導者による国家間の戦争での殺人は、容認されてきました。ヒトには、普遍的に差別する心があり、知らない相手を恐れるという、動物本来の自己防衛本能を利用して、集団教育による強力な洗脳が行われたのです。
戦争は絶えず、とくに20世紀はまさに戦争の世紀でした。21世紀に入っても、人口は増え続け、限りある食糧や資源を巡る争いは、より激しくなっています。アインシュタインは、かって「第3次世界大戦がどのような兵器で戦われるかはわからないが、第4次世界大戦ならわかる。それは石と棍棒だ」といいました。つまりすべての文明が滅びるというのです。
人類は確実に絶滅します。まず男が不要になります。すでにY染色体の縮小が始まりました。悲観的プログラムでは、絶滅は早いと見ます。一方、楽観的プログラムでは、人類の英知で乗り切ることを願っています。オキシトシン・ホルモンによる「許しと宥和」の遺伝子を発動させ、科学・技術の力で持続可能な社会をつくって、戦争を回避するのです。[了〕

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