最新の動物行動学でわかる犬の心理
著者は、イギリスのブリストル大学獣医学部の客員研究員で、人間動物関係学研究所の所長です。長年にわたりペットの犬や猫の行動を研究してきました。数多くの科学論文と。著書「猫的感覚」羽田詩津子訳(早川書房、2014年)があります。
犬は何万年もの昔から人間の忠実な仲間として働いてきました。様々に品種改良されて、与えられた仕事にあう特徴を持つようになったのです。鋭い感覚や頭の良さ、それに人間との意思疎通できる特別の能力のおかげで、狩りの手伝い、ヒツジの番、護衛などの重要な仕事を任され、犬は自分の役割を果たして自立していました。ところが今から100年ほど前から、働くことなど全く期待されないペットの犬の割合が大きく増えています。人間と犬の関係が大きく変わってきたのです。そこで犬の心理や行動を見直す動きが出てきました。
最近のDNAによる探査で、犬の祖先はタイリクオオカミと確認されています。ユーラシア大陸のどこかで、人間が飼いならして犬になりました。しかしその過程はまだ良くわかっていません。オオカミとDNAが同じでも、その行動や習性にかなりの違いがありました。
ここで行動生物学者たちは、オオカミの習性から犬を理解しようとして、大きな過ちをしました。対象としたオオカミは、人間が捕獲してケージで観察したもので、攻撃性や服従などを強調した性質は、野生のままではなかったのです。野生のオオカミには社会性があり、集団での暮らしを好んでいました。協調性があり、仲間を欲しがる性質が、飼いならしの成功につながったらしいのです。1万4千年前のバイカル湖の遺跡で、オオカミ?の埋葬例が見つかりました。飼いならしは2万年前に遡るかも知れません。なおアメリカ大陸には、今もシンリンオオカミがいますが、DNAは犬とは全く違っていました。アメリカに渡った人間は、すでに犬を連れていたので、現地のオオカミを飼いならす必要がなかったのです。
犬の躾の中心が、「地位」と「支配」と「服従」におかれてきたのは、野生のオオカミの習性を誤解していたためでした。犬は常に周りの状況を見て学習しています。躾には支配と服従ではなく、犬が自然に行動したくなる方向へ導くことが望ましい。犬は人間になつくように生まれてきていました。仔犬のころにやさしい人間に出会うことが、絶対条件なのです。
愛着は犬と飼い主の絆の源です。若いオオカミにとっても、両親への強い愛着は生き残りに欠かせないものでした。犬の人間に対する愛着は、犬の仲間に対するものより強い。犬は飼い主から離されると本気で飼い主を恋しがります。犬は人間と同じ種類の基本的感情をすべて持ち合わせていることが、犬の豊な表情でわかるのです。分離苦悩もその一つでした。
犬の知能については、さまざまな実験が行われてきました。そこでわかったことは、犬は犬なりに認識力や心象地図を持っていることでした。とくに場所に対する記憶力は抜群です。それは視覚よりも嗅覚が優先してのことでしょう。そこに学習能力の高さが加わります。
しかし犬の未来には、純血種にこだわる遺伝的多様性の減少など、多くの問題があります。科学者と飼い主の、犬の幸福と健康増進への理解と協力が特に重要になっているのです、了