「私の顔はどうしてこうなのか」溝口優司著 2021年8月15日 吉澤有介

      人類の顔の多様性の謎を解く    山と渓谷社、2021年3月刊

著者は、富山大学文理学部卒、東京大学大学院理学系研究科を中退して、国立科学博物館人類研究部で部長。現在は名誉研究員で。形質人類学の多くの著書があります。

海外の街で日本人に出会うとすぐわかります。なぜ他の国の人と違う顔なのでしょうか。どうして世界にはいろいろな顔つきをしている人がいるのでしょうか。著者はその理由を知るために、長年にわたり世界中で発掘された人骨を計測して調べ、集団における顔の違いが偶然ではなく、自然や文化の環境という理由があったことを明らかにしました。

ヒトは、頭部の前面に目、鼻や口を持っています。ヒトに限らず脊椎動物にはみな顔があり、身体と同じく左右対称になっています。その理由はまだ明らかではありませんが、有力な説としては、水中にいた単細胞の生物が多細胞生物に進化する過程で、エサをとるために口を前にして直進移動をするようになり、素早く動くには左右対称が有利だったからです。

哺乳類では進化の過程で、口の周りに感覚器官が一つずつ加わって顔ができてゆきました。イヌやウマなどの一般の動物では、鼻が特に発達しました。生存のために嗅覚が一番重要だったからです。目は顔の両横にあり、後方まで見えて早く逃げることができました。

一方、サルは両目が揃って前方に向き、立体視で前後の距離感があり、樹上で移動する生活に適していました。逃げるために嗅覚は重要でなくなり、鼻が小さくなっていったのです。

ヒトの祖先は、地上に下りて直立二足歩行を始め、道具を使うようになって、腦が大きく発達し、顔面が縮小してゆきました。火を使って食べ物を処理して、顎と歯が縮小しました。その後も、それぞれの地域で細かく変化して、ヒトは多様な顔になってゆきました。

極寒冷の北アジア人は、鼻が低い(突出度が弱い)、頬が横に張り出ている、一重瞼という特徴があり、その説明には「寒冷地適応説」が有力です。鼻が突出していると、凍傷に罹ってしまいます。鼻には吸い込んだ空気を暖めて肺に送るという重要な働きがありますが、それができないと肺も凍傷になります。たまたま副鼻腔の大きかった人たちが、空気を暖めることができて生き残りました。副鼻腔が大きいと頬が幅広くなるのです。眼球のまわりに脂肪を多く貯えた一重まぶたの人も、生存に有利でした。その遺伝子が伝わったのです。

では北欧人はなぜ鼻が高いか。それは北欧が緯度は高くても、それほど寒くないからです。メキシコ湾からの北大西洋海流のせいで、2010年1月の平均気温は、ヤクーツクで-37℃、オスロでは―8℃でした。日本人が極北型なのは、南下してからまだ間もないからでしょう。幼児の特徴を持ちながらの「幼児成熟」で寒冷地に適応した説もあります。また赤ちゃんのかわいいのは、親がつい引き込まれて面倒をみるという、幼児の生き残り戦略でした。

頭の形の変化は、遺伝子でも環境変化でも起こっていました。寒冷地は短頭に、遊牧民は歯がちいさいなど、顔の形は必然的に変化しました。同じアジア人でも、日本人の顔の計測値は特別です。日本人の中でも顔かたちの違いがありました。頭の前後径比を生体測定したデータでは、列島の南西から北東にかけて頭が長くなる傾向がみられます。これが環境によるのか、ルーツの違いによるのか、縄文人はどこから来たのか、探索は続いています。了

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