「人工知能は人間を超えるか」松尾 豊著 2021年5月4日 吉澤有介

デイープラーニングの先にあるもの

角川EpuB選書、2015年3月刊

著者は、1997年に東京大学工学部電子情報工学科を卒業し、同大学院博士課程を修了して、産業技術総合研究所研究員となり、スタンフォード大学客員研究員を経た、東京大学大学院工学系研究科教授になりました。専門は人工知能で、多くの受賞歴がある第一人者です。

人工知能が人間を超え始めました。将棋の世界では、プロ棋士が負け越し、クイズではIBMの「ワトソン」が優勝しました。2011年のことです。ワトソンは料理や銀行にも進出しています。自動車の自動運転も実現し、金融市場では、すでに90%以上が人間に取って代わっているそうです。パターン認識などで長年蓄積されてきた基盤技術と、増加する膨大なデータを活用した、「機械学習」における超高速処理の破壊力は驚異的でした。しかし、機械学習の精度を高めるには、なお大きな難問がありました。「世界からどの特徴に注目して、適切な情報を取り出すべきか」について、人間の手を借りるしかなかったからです。

2012年、人工知能研究の世界に衝撃が走りました。国際的な画像認識のコンペ(ILSVRC)で、東京大学、オクスフォード大学、イエール大学、ゼロックスなどを抑えて、初参加のカナダのトロント大学が圧勝したのです。それまでの画像認識では、機械学習に用いる特徴量の設計は人間の仕事で、いかにしてエラー率を下げて正解を得るかに、各チームが鎬を削っていましたが、トロント大学は新しい機械学習方法「デイープラーニング(深層学習)」を持ち込みました。デイープラーニングは、データをもとにコンピュータが、人間を介在せずに自ら特徴量を作り出します。その桁違いの勝利に、ほかのチームは度肝を抜かれました。

デイープラーニングは、人工知能を飛躍的に発展させる可能性を秘めています。「ちょっと違ったかもしれない過去」のデータをたくさんつくり、それを使って学習することで「絶対に間違いではない」特徴量を見つけ出します。その特徴量を使えば、より高次の特徴量を見つけ出せるのです。もともと、人間の知能はプログラムで実現できるはずでした。それが長年できなかったのは、コンピュータが概念を獲得しないまま、記号を単なる記号表記としてのみ扱ってきたからでした。そのために現実世界から「何を特徴表現とするか」は、すべて人間が決めて来たのです。しかし今、その難問が解けつつあります。いったん人工知能のアルゴリズムが実現すれば、人間の知能をはるかに超えるかもしれません。人間の腦にはサイズなど物理的な制約があります。しかしコンピュータは、10倍にも100倍にもできるのです。ただ人工知能には、人間との違いはありそうです。生物としての「本能」、生存のための「快・不快」などの概念まで備えるでしょうか。人工生命の可能性に行き着きます。

人工知能に創造性は出せるでしょうか。創造性には2つの意味があります。個人が日常あることに「気づく」、「アハ体験」のようなある概念、特徴量の獲得と、社会の誰もがまだ考えていない社会的創造性で、これらはともに試行錯誤などで十分獲得可能でしょう。

人工知能が、自分の能力を超える人工知能を自ら生み出す時が来れば、圧倒的な知能が誕生することでしょう。現時点ではまだ、人工知能が暴走する未来は考えられませんが、社会全体の倫理観は議論が必須です。それこそまさに専門家の果たすべき役割なのです。「了」

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